将棋の形勢判断シリーズの第8回です。今回は居飛車穴熊vs中飛車銀冠です。形勢判断の4要素は便利ですが、各要素をバラバラに考えてしまう問題点があります。特に穴熊はバランスを取りづらい戦法なので、「玉の堅さ」や「駒の働き」を慎重に見極める必要があります。
形勢判断シリーズ(No.8)
前回:将棋の形勢判断:飯島流引き角 vs 四間飛車
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このページの目次
居飛車穴熊 vs 中飛車銀冠のテーマ図
居飛車穴熊vs中飛車銀冠の昔の実戦です。将棋倶楽部24で先後とも約レーティング 1900の対局です。
じゅげむが先手番です。当時の私は、居飛車vs振り飛車の対抗型で、居飛車側を持つことが滅多にありませんでした。居飛車穴熊の経験も少ないので、指すのに不慣れで苦労しました。
テーマ図は72手目の局面で、角交換と銀交換をした直後に、後手がじっと△6二歩と自陣の傷を消したところです。
この局面を題材にしたのは、予想していたよりも先手の形勢がイマイチで、このあと実戦で苦労したからです。ネット対局の早指しで、実戦中はじっくりと考える余裕がなかったので、疑問を持ったこの局面について落ち着いて考えてみたいと思いました。大きな駒交換があった直後なので、形勢判断には適したタイミングです。
形勢判断の4要素(駒の損得は互角)
オーソドックスな形勢判断の手法を用いて、①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番、の各項目を考えます。
「①駒の損得」は歩の枚数も含めて互角なので、他の3項目について考えます。
玉の堅さ:2枚穴熊と2枚銀冠の比較
「②玉の堅さ」は、先手の金銀2枚の穴熊に対して、後手は金銀2枚の銀冠です。果たして、どちらが堅いでしょうか?
単純に考えると、金銀の枚数は2枚で同じなので、玉が深い穴熊の方が銀冠よりも堅いと言えそうです。しかし、この一見堅そうな穴熊側を持ってかなり苦労しました。
まず、8五に歩が伸びている形なので、いつでも△8六歩▲同歩△8七歩の筋があります。
6六の金が浮いているので、△8七歩以下、▲同銀△5七角の両取りの筋が気になります。
この筋がまともに決まると、いくら穴熊といえども崩壊します。
注目すべきは、6六金のために、△8六歩~△8七歩の筋が受けづらくなっていることです。
玉の堅さの項目に、囲いの金銀桂香以外の駒が影響を与えています。
8五に歩が伸びている形は、8四に空間が空いているので、後手にとっても気持ち悪いです。
しかし、△8六歩と突く権利は後手にあるので、8筋の歩を使った攻防の主導権は後手が握っています。
したがって、8筋の歩の関係は、穴熊側のデメリットになります。
後手の銀冠は6筋に△6二歩と打って謝った形ですが、低い陣形でスキが少ないと評価することもできます。
△6二歩は玉から2マス以内のエリアにあり、同じく玉から2マス以内の6三の地点に利いています。以下は、この点についての参考記事です。
▲6四歩が攻めに利いているので、△6二歩の守備力と相殺するという考え方もあります。
しかし、▲6四歩は6三の1マスしか利きがないのに対して、△6二歩は6三の地点を「利き」で守るだけでなく、歩の「存在」によって6二の地点をカバーしています。すると、△6二歩は2マス分働いていることになります。
この点を積極的に評価すると、6筋の歩の関係は、銀冠側のメリットになります。
このように、穴熊側のデメリットと、銀冠側のメリットの両方があります。
これらを考慮する必要があるので、単純に穴熊の方が堅いとは言えないです。
駒の働き:飛車と金の比較
「③駒の働き」はどうでしょうか?
玉の囲いを構成している玉側の金銀桂香「以外」の駒について考えます。
盤面の右側の桂香は、先後ともに遊び駒になっているので互角です。
問題は盤面の飛車と金の働きです。
まずは、▲6六金と△3二金を比較します。
「玉に近い金の方が働きが良い」という論理から、先手の方が良いという判断もあり得ます。
しかし、▲6六金は玉から斜めに3マス離れています。
穴熊の玉から2マス以内のエリアに、6六金の利きはありません。
現局面での▲6六金は、中途半端な位置だと言えるでしょう。
また、▲6六金は浮き駒で、△5七角のスキがあります。
さらに、現局面で▲6六金は△5六飛のさばきを受けているので、自由に動ける駒ではありません。▲6六金の中途半端な位置取りを解消しづらいです。
振り飛車で△3二金型は好形の一つとされています。
特に中飛車では、△3二金型は頻繁に現れます。陣形のバランスを重視した中飛車と△3二金型の相性が良いからです。
実際にテーマ図の局面でも、先手の角の打ち込みを消していますし、▲3四飛と走ったときの守りにも役立ちます。
したがって、「金が玉に近い」のは、たしかにプラス要素ですが、▲6六金と△3二金の駒の働きの優劣は難しいです。
▲3八飛と△5一飛を比較するとどうでしょうか。
両方ともすぐに敵陣に成り込める状況ではありませんが、縦横に広いスペースに利いていて、攻めにも受けにも働いています。飛車の働きはほぼ互角です。
まとめると、▲6六金と△3二金の働きは優劣不明で、その他の駒の働きはほぼ互角です。
玉の堅さと駒の働きの総合評価:全体のバランスを考える
今のところ「②玉の堅さ」も「③駒の働き」も優劣不明です。それなら、②も③もほぼ互角か優劣不明という判断でいいのでしょうか? もう一歩踏み込んだ形勢判断をしたいです。
そこで、盤上と持ち駒を含めた全体のバランスについて考えてみます。
今までは、「金銀2枚の穴熊と銀冠」「▲6六金と△3二金」「▲3八飛と△5一飛」のようにバラバラに比較してきたものを、組み合わせの相性として考えたり、もっと総合的に局面全体のバランスとして考えたりしたいです。
たとえば、後手の△5一飛と△3二金という組み合わせは、自陣にスキが少なくて相性が良いです。先手が角を手駒にしている現局面では、この相性の良さが強調されています。
△5一飛のポジションは銀冠との相性も悪くないです。
銀冠の弱点である6一の地点を、△5一飛がカバーしています。
逆に、△5一飛の斜めの弱点である6二の地点を、銀冠の△7二金がカバーしています。
一方で、▲3八飛と▲6六金の組み合わせには、特に相性の良さがあるようには思えません。
互いにサポートするには、縦にも横にも離れすぎています。
先手の陣形は、玉は穴熊で端に寄っていて、▲6六金は上ずっています。
全体的にスカスカしていて、角の打ち込みには弱そうです。
穴熊は玉が深いですが、そのためにバランスを保つのが難しくなります。
以上から、「②玉の堅さ」と「③駒の働き」を全体的なバランスの観点から総合すると、後手の方がやや有利と判断できます。
手番:中盤から終盤
最後に、「④手番」は先手です。
中盤も後半に差し掛かっており、もう少しで終盤に入りそうな局面です。手番の価値はなかなか高くなっています。
仮に、現局面で後手の手番だったら、後手やや有利と判断していいと思います。
総合的な形勢判断:分析と総合
①~④の各項目をまとめると、
①駒の損得:互角(歩の数、持ち駒の枚数を含めて完全に互角)
②玉の堅さ、③駒の働き:総合して、後手やや有利
④手番:先手
となります。②と③を総合して後手やや有利ですが、手番は先手が握っているので、全体としてはほぼ互角か優劣不明です。少なくとも、大差の局面ではなく、どちらを持っても戦えそうな将棋です。
形勢を分析するときに、「分析」とは文字通り「分ける」ことです。
①~④の4項目に「分ける」、あるいは各駒の働きに「分ける」ことによって、局面を細かく見ることができます。
しかし、「分ける」だけでなく、一度バラバラにしたものを「組み合わせる」「まとめる」「総合する」ことも大事です。「分析」と「総合」のどちらか一方のみでは、形勢判断の精度は上がらないでしょう。
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