将棋の形勢判断シリーズの第6回です。
今回は特に、「②玉の堅さ」と「④手番の価値」についての考察が多くなっています。
玉の堅さについては、傷のある銀矢倉と穴熊の比較です。手番の価値については、形勢判断の他の要素(駒の価値、玉の堅さなど)が、手番とどのように関係するかを具体的な読みの中で考えています。
形勢判断シリーズ(No.6)
前回:将棋の形勢判断:4つの要素で判断する枠組みの問題点
次回:将棋の形勢判断:飯島流引き角 vs 四間飛車
このページの目次
向かい飛車 vs 三間飛車の相振り飛車のテーマ図
テーマ図は相振り飛車の実戦で、将棋倶楽部24で先後ともにレーティング約 1800の対局です。先手向かい飛車 vs 後手三間飛車の戦型で、私が後手を持っています。けっこう昔の対局ですが、当時の私は先手の向かい飛車側を持つことが多く、三間飛車側は不慣れでした。しかし、先後逆では多く指している戦型なので、その時の経験が本局では役に立ちました。
現局面は中盤から終盤への入り口あたりで、ちょうど金銀交換があったところです。中盤から終盤への入り口というタイミングの点でも、駒の交換があったという点でも、形勢判断をしたい局面です。そして、形勢判断の結果次第で今後の方針を考えたいところです。
形勢判断の4要素
そこで、①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番、のオーソドックスな形勢判断の4要素から優劣を分析します。
駒の損得と手番
「①駒の損得」と「④手番」の2項目はわかりやすいです。
「①駒の損得」については、金銀交換のみです。その他は、持ち駒の歩も盤面の歩も先後で同じ枚数です。すなわち、先手の銀1枚(5点)と後手の金1枚(6点)を比較すればいいので、金と銀の差の分だけ、わずかに後手が駒得です。
以下は、駒の点数についての参考記事です。
「④手番」は後手。
玉の堅さ
問題は「②玉の堅さ」と「③駒の働き」の2項目です。
まず、「②玉の堅さ」については、先手が銀矢倉で後手が穴熊です。しかし、先手の銀矢倉は3筋と4筋の歩のカバーがありません。一方で、後手の穴熊は急所の8筋の歩のカバーがないですし、守りの金を5一の角で狙われています。
これらの要素を考慮して、先手玉と後手玉の堅さをどのように評価すればよいでしょうか?
先手の銀矢倉は金銀3枚の形がそのまま残っています。その意味では好形で、まだ堅いと言えます。しかし、3筋と4筋の歩がないので、いつでも△3六歩や△4六歩の「叩きの歩」や「連打の歩」の手筋で形を乱されます。将来的に、△3五桂の筋などもあります。これらの分だけ、傷のない銀矢倉と比べて弱体化しています。しかし、金矢倉と比べて銀矢倉の長所もあって、△3六歩の叩きには▲同銀左と形良く取れます。△3六歩▲同銀左△3五歩の連打の歩には、▲4七銀と元の位置に戻れます。一方で、銀矢倉は3七の地点が弱いです。今は3五に先手の飛車がいるので無理ですが、△2五桂か△4五桂で後手の飛車と桂が一度に3七の地点を狙う形になると脅威です。
ともあれ、先手玉の堅さの評価としては、銀矢倉がやや弱体化した程度です。
後手の穴熊も金銀3枚の形はそのまま残っています。ただし、急所の8筋に歩がないのは、穴熊にとってかなり怖い形です。例えば、すぐに▲8三歩と打たれても対応に困ります。△同銀でも△同金でも▲8四歩と連打されます。金銀が上ずって、金銀1枚分ぐらいの守備力はすぐになくなってしまう形です。先手の7筋と9筋の歩が伸びているので、なおさら対応しづらいです。かといって、▲8三歩に△7一銀と引くのは、▲8二銀から文字通り金銀1枚をはがされて、もう一度▲8三歩と叩かれます。
いくら穴熊とはいえ、急所を突かれればもろいです。後手玉の堅さの評価としては、もともとの金銀3枚の守備力から、少なくとも金銀1枚分は差し引いて考えた方がいいでしょう。さらに、5一の角に狙われていることを考慮に入れると、もっと堅さの評価は下がります。
先手の銀矢倉と後手の穴熊のそれぞれの傷を、金銀の枚数をモノサシにして定量的に評価することを試みます。
以下は、囲いの堅さの定量的な評価についての参考記事です。
穴熊の8筋の傷は金銀1枚分とします。銀矢倉の3筋と4筋の傷は穴熊ほどひどくはないので、金銀0.5枚分と評価しておきます。穴熊が5一の角に狙われている点については、角を切れば守りの金が1枚減るので金銀1枚分ですが、駒損の攻めですし角を切るとは限らないので、とりあえず金銀0.5枚分と評価します。
すると、先手の銀矢倉は(金銀3枚-金銀0.5枚=)金銀2.5枚の評価、後手の穴熊は(金銀3枚-金銀1枚-金銀0.5枚=)金銀1.5枚の評価となります。すなわち、「金銀2.5枚の銀矢倉」と「金銀1.5枚の穴熊」のどちらが堅いか、という比較になります。傷がないもともとの囲いとしては、金銀の枚数が同じでも銀矢倉より穴熊の方が堅いですが、流石に金銀1枚分違うとなると銀矢倉の方に軍配を上げたくなります。
というわけで、「②玉の堅さ」は先手やや有利。
駒の働き
最後に、「③駒の働き」はどうでしょうか。
大駒の働きは先手が良さそうです。5一の角は穴熊の急所の6二の金と、同時に3三の桂を狙っています。後手の持ち駒の角よりも働いていそうです。飛車の働きを比較すると、互いの飛車が3三の桂をはさんで向かい合っている形ですが、このように駒をはさんだ形は後手の飛車にとって負担です。3二の飛が横に移動すると▲3三飛成で桂を取られてしまいますし、3三の桂が△2五桂か△4五桂で跳ねると今度は▲3二飛成で飛車を取られてしまいます。
玉と逆側の小駒については、先手は9九の香と8九の桂が遊んでいます。一方、後手は1一の香が遊んでいます。3三の桂をどう評価するかですが、上手く△2五桂や△4五桂が成立して3七の銀を狙う形になれば、先手の8九の桂と比べて圧倒的に働くことになります。しかし、現状では狙われている駒でもあるので、何とも言えないところです。
総合的に見ると、「③駒の働き」は、大駒の働きに勝る先手がやや有利としたいです。
総合的な形勢判断
①~④の4項目がすべて出そろいましたが、
①駒の損得:金銀交換で後手がわずかに駒得
②玉の堅さ:先手やや有利
③駒の働き:先手やや有利
④手番:後手
ということで、先手が②と③、後手が①と④で評価が割れています。大差となっている項目もないので、どちらが優勢なのか判断するのが難しいケースです。少なくとも、私の棋力ではどちらが優勢かを断定できません。
例えば、手番を握った後手が△8三歩と穴熊の傷を消したらどうでしょうか。この一手で「②玉の堅さ」は逆転しますが、「④手番」は先手に回ります。手番を握った先手が▲3三角成と桂を取れば、「①駒の損得」は逆転します(変化図1)。
他の手として、△4四角▲3四飛△9九角成と香を取る順も考えられます。一瞬、「①駒の損得」がかなり後手有利に振れますが、「④手番」を握った先手が▲8三歩と穴熊の急所に手を付けます。仮に▲8三歩△同銀▲8四歩△同銀▲同飛となれば、穴熊の銀を1枚はがせて「②玉の堅さ」の差は広がり、さらに「①駒の損得」も逆転しています(変化図2)。
△8三歩の変化でも△4四角の変化でも、中盤から終盤なので「④手番」の価値が高くなっているのがポイントです。手番を握れば①や②の要素を、一手でひっくり返せるわけです。
本譜は△8三歩でも△4四角でもなく、△2四角▲3四飛△6一金という手順で後手は受けに回りました(変化図3)。
5一の角を取る手に期待しましたが、以下▲8三歩から激しく攻められる展開となりました。最終的には、受けでしのいで反撃した後手の勝ちとなりましたが、途中で危ない変化もあり、形勢判断の局面でどちらが優勢だったのかは不明です。
形勢判断シリーズ(No.6)
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