将棋の形勢判断シリーズの第2回です。
今回は、形勢判断の4要素の一つである「②玉の堅さ」を深掘りします。
相手に攻められて「基本形から形が変わってしまった囲い」の堅さをどのように評価したらよいでしょうか?
じゅげむの実戦を題材にして、玉の囲いの堅さを評価するときに、精度を上げる方法を色々と考えてみます。
形勢判断シリーズ(No.2)
前回:将棋の形勢判断シリーズのスタート:形勢判断の4要素
次回:将棋の形勢判断:①~④の4要素で優劣の評価が割れた場合
このページの目次
向かい飛車 vs 三間飛車の相振り飛車のテーマ図
先手向かい飛車 vs 後手三間飛車の相振り飛車でじゅげむの昔の実戦です。将棋倶楽部24でレーティング 2000を達成した思い出深い対局で、先手がじゅげむです。
この対局では、先手が端攻めで先攻して、端を破って銀桂交換の駒得を達成しました。そのあと後手が、先手の金無双の急所である玉のこびんを狙って、4筋の継ぎ歩攻めから4六の歩を取り込んで反撃した局面です。
形勢判断の4要素
早速、形勢判断をします。①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番、をどのように評価したらよいでしょうか?
駒の損得
「①駒の損得」は、銀桂交換で先手の駒得。
他の駒については歩の枚数(盤上の歩+持ち歩)まで全く同じです。
玉の堅さ
「②玉の堅さ」については、もともと先手は金無双、後手は美濃囲いだったのですが、どちらも既に手が付いています。つまり、最初の手付かずの綺麗な囲いではなく、「攻められて形が変わった囲いの堅さ」を適切に評価する必要があります。
先手の囲いは金銀4枚、後手の囲いは金2枚ですので、金銀の枚数だけ見ると先手がかなり有利です(以下は参考記事です)。
しかし、先手の囲いは2八の銀が壁銀の悪形で、玉の逃げ道を塞いでいます。さらに、玉のこびんの急所を攻められていて、後手の4六の歩は大きな攻めの拠点となっています。
先手の2八の壁銀については、「銀がいない方がよかった」という展開も大いにありえます。その場合は、銀1枚分の守備力は無効、ひどければさらにマイナスになります。すると、先手の囲いを金銀3枚の評価、あるいはもっと低く評価することもできます。しかしながら、2八の銀は玉頭の3七に利いているので、完全な邪魔駒というわけではありません。例えば、△3六歩▲同歩△3七歩のような攻めに対しては、受け駒として立派に働いています。2八の壁銀をどの程度のマイナスと評価するかは難しいですが、分からないながらも何とか定量化したいので、一応2八銀の守備力はゼロと評価しておきます。つまり、あってもなくても同じという評価です(参考1図:2八の銀がない仮想局面)。
次に、4六歩の傷をどう評価するかです。この歩の脅威はかなり大きくて、少なくとも金銀1枚分以上はありそうです。例えば、先手の5六銀がない代わりに、後手の4六歩がなくて、先手の4七歩がある形(参考2図)と比較してみます。こちらの方がずっと安全に見えます。
また、後手が△4七香と打ち込む筋を想定して、△4七香▲同銀△同歩成▲同金左△4六歩▲同金△同角(参考3図:1二の香を持ち駒と仮定して、4七に打ち込んだ仮想局面)と進んだとしますと(他の受け方ももちろん考えられますが)、簡単に金銀2枚をはがされます。
そこで、4六歩の傷を消そうとして、テーマ図から▲4七歩△同歩成▲同銀△4六歩▲同銀△同角▲4七歩△2四角(参考4図)としますと、先手の囲いから銀1枚が消えて、さらに後手の手駒に銀が1枚増えてしまいます。
これらのことを総合的に考えて、4六歩と取り込まれた形を金銀1.5~2枚分ぐらいのマイナスと評価したいです。
一方、後手の囲いはどう評価すればよいでしょうか。
基本は金2枚で、銀のないカニ囲いです。端に手が付いていることと、7三桂が跳ねている形は弱点で、明らかにマイナスポイントです。また、8五の歩が上ずっているので、▲8三歩や▲8四歩の垂れ歩や、桂を持ったら▲8四桂も厳しいです。5二の金が浮き駒になっているのも気になります。
それらを考慮した上で、後手の囲いを「金2枚のカニ囲い」の評価からどのくらい割り引けばいいでしょうか。先手の攻め方によって耐久力が変わりますし、定量化することは難しいですが、金0.5~1枚分ぐらい割り引いてもいいような気がします。
以上の考察から、先手は(金銀4枚-銀1枚-金銀1.5~2枚=)金銀1~1.5枚分の守備力、後手は(金2枚-金0.5~1枚=)金1~1.5枚分の守備力であると考えられます。結論としては、「②玉の堅さ」は互角に近く、少なくとも大差ではありません。
駒の働き
「③駒の働き」はどうでしょうか。先手も後手もひどい遊び駒はありません。
先手の飛車は攻めに働きそうですし、角はいいポジションにいてよく働いています。
一方、後手の飛車は先手の玉頭をにらんでいて、5四の銀が動けば飛車の横利きも利いてきそうです。後手の角は金無双の急所にある4六の歩を支えていて、3三の桂にヒモを付けて守備にも働いています。
飛角の働きの比較は難しいところで、よくわからないというのが本音ですが、先手の6六の角がかなりよく働いているので、若干先手持ちのような気もします。
それから、先手だけ左桂をさばいているのは明確なポイントです。飛角の働きはともかくとして、左桂の分があるので、駒の働きは先手にやや軍配が上がるかもしれません。
手番
「④手番」は先手。
既に双方の玉の囲いに手が付いています。中盤の後半あたりに見えますが、互いの玉形が比較的薄いので一気に終盤戦に突入してもおかしくない局面です。手番の価値はそれなりに高いと言えます。
総合的な形勢判断
①~④まで出そろったので、最後に総合的に形勢を判断します。
①駒の損得:銀桂交換で先手がやや駒得。
②玉の堅さ:互角に近い。少なくとも大差ではない。
③駒の働き:やや先手が良さそう。
④手番:先手
①~③までで大きく差が開いている項目はないですが、「①駒の損得」と「③駒の働き」は先手がやや良さそうなので、「④手番」も握っている先手が優勢と判断します。
ただし、「②玉の堅さ」の評価にはかなり苦労したので、この項目が本当に互角に近いかどうかは、何とも言えないところです。しかし、中盤の終わりから終盤の入り口に差し掛かっている局面なので、手番をどちらが握っているかは大きいです。したがって、玉の堅さの評価が多少ブレたとしても、先手が指せるという結論は変わらないと思います。
結論は先手優勢。
実戦ではこの後、手番を握った先手が攻める時間の方が長かったです。後手に受けの疑問手があって、最終的には形勢に差が開きましたが、攻められ続ける展開で疑問手が出るのは仕方がありません。玉が薄い形で攻められ続けると、どうしても悪手や疑問手が致命的になりやすいので、後手としては難しい展開だったと思います。
今回、基本的な形勢判断の枠組みとしてはオーソドックスな方法を用いて、その中の一項目である「②玉の堅さ」について特に力を入れました。次回は、①~④の項目で優劣の評価が割れた場合について考えます。
形勢判断シリーズ(No.2)
前回:将棋の形勢判断シリーズのスタート:形勢判断の4要素
次回:将棋の形勢判断:①~④の4要素で優劣の評価が割れた場合