将棋の形勢判断シリーズの第9回です。今回は向かい飛車 vs 中飛車左穴熊です。美濃囲い vs 穴熊の戦いでは、さばき合った直後の形勢判断が大事です。穴熊の金銀に離れ駒がある場合は、玉の堅さの評価が難しくなります。
形勢判断シリーズ(No.9)
前回:将棋の形勢判断:居飛車穴熊 vs 中飛車銀冠、局面全体のバランスを考える
次回:将棋の形勢判断:四間飛車 vs 居飛車急戦、大駒の働きと形勢への影響
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向かい飛車 vs 中飛車左穴熊のテーマ図
先手向かい飛車vs後手中飛車左穴熊で、じゅげむの昔の実戦です。将棋倶楽部24で、先手の私がレーティング 1800台、後手がレーティング 1700台の対局です。この対局では、中飛車左穴熊への対策が全くできていなくて、中盤の入り口あたりで早くも形勢不利になってしまいました。その後で何とか盛り返しましたが、図の78手目の局面は飛車を交換した直後で、終盤戦に入ろうかというタイミングです。
振り飛車vs居飛車の対抗型の中盤では、互いの攻め駒同士をさばき合う展開が多いです。この対局は、向かい飛車vs中飛車左穴熊ですが、双方の玉が盤面の同じ側(先手から見て右側)に囲われているという点では、振り飛車vs居飛車の対抗型に似ています。盤面の左側では攻撃陣が直接向かい合うことになるので、しばしばさばき合いの展開になります。このような将棋では、さばき合った直後にどちらが優勢なのかが問題となります。
一般的に穴熊は美濃囲いよりも堅いです。盤面の左側で互角のさばき合いをしても、玉の堅さの分だけ不利になることが十分あり得ます。その点には特に注意が必要です。ただし、今回の後手の穴熊は金銀がバラバラで、穴熊といえども十分な堅さとは言えません。
穴熊に対してさばき合いを挑むときに、「どのような局面なら美濃囲いでも優勢か」「さばき合いを挑むと不利になるのはどのような局面か」、その2つのパターンの境界を探ることが大事です。そのためには、さばき合った直後の形勢判断が重要です。
形勢判断の4要素
①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番、という形勢判断の4項目について考えます。
駒の損得
まず「①駒の損得」は、「先手の1歩損、8二のと金」が先手と後手の差です。
ただし、8二のと金は後手玉から遠すぎるので、仮に「①駒の損得」で考慮に入れたとしても、「③駒の働き」でマイナスになることは明白です。一応、桂香取りになっていますが、飛車でも拾える桂香なので、桂香取りという要素が大きなプラスになるとは思えません。それどころか、▲8二飛と攻防に飛車を打つための邪魔駒にすらなっています。というわけで、8二のと金は「①駒の損得」では無視することにします。
すると、先手の1歩損のみを考えればいいですが、互いに歩切れではなくて、1歩損の先手も持ち駒に歩を2枚持っているので、「①駒の損得」はほぼ互角と考えていいと思います。
玉の堅さ
次に「②玉の堅さ」です。
先手は金銀3枚の美濃囲いが丸々残っています。▲5九歩の底歩も利きます。横からの攻めには、なかなか抵抗力がありそうです。4六歩を突いてある形なので、こびん攻めにもやや耐性があります。後手が穴熊なので端攻めの危険も少ないです。ただし、美濃囲いは穴熊ほど玉が深くはないので、△5六歩と5筋に歩が伸びてくる形がけっこう先手玉に近いので要注意です。
一方、後手の囲いはどうでしょうか。5三銀が少し遠くに離れているので、金銀3枚の囲いと言えるかは微妙なところで、さらに3二金も浮き駒となっています。3三角も受けに利いていますが、▲4五桂の筋で攻められる弱点にもなっています。穴熊なので玉が深いのは利点ですが、現局面での後手陣の形には不安が多いです。
ただし、3二金型は必ずしもマイナスではありません。▲6一飛と一段飛車を打たれた時に金が当たりにならないですし、▲8六角と飛び出したときの角のラインからも逃げています。3一金型と3二金型の優劣の比較は、攻め方や状況によって異なります。
実戦を指している時は、先手の美濃囲いの方が安全度が高そうだと感じていましたが、改めて眺めてみても先手玉の方が堅そうに見えます。しかしながら、対穴熊戦では、玉の深さの利点が見た目以上に効いてくる場合もあります。
「②玉の堅さ」は先手やや有利としておきますが、囲いに対する理解度によって評価が変わってきそうな項目です。
駒の働き
「③駒の働き」については、先後とも玉と反対側の桂香は取られそうな駒です。玉側の金銀については「②玉の囲い」の項目で考えたので、この項目では除外します。注目すべきは、双方の角の働きと5五の歩です。
現局面での先手の角は、攻めにも受けにもあまり働いていません。もちろん1手で▲8六角と銀取りに飛び出すことはできます。しかし、今の6八のポジションでは受けにもあまり働いていないという認識が必要です。それどころか、△6七歩と叩かれたりして、攻めの格好の目標になり得ます。実際に、実戦では角を6八という中途半端な位置に置いたままにしておいたせいで、その角を攻められてひどい目にあいました。すなわち、先手の角は比較的簡単に働かせることはできますが、放置していては駄目な駒です。
一方で、後手の角は現状でも受けにある程度働いていますが、△5六歩と角筋を通したときに働きがかなり良くなります。△6六角と出る手は美濃囲いの急所の3九の地点をにらんでいますし、△9九角成と香を取ってから馬を自陣に引くような順もあります。△5六歩は攻めの拠点にもなりますし、同時に角筋を通すので、非常に味の良い手になっています。
そこで、「③駒の働き」を、「先手の6八角」と「後手の3三角と5五歩のセット」で比較すると、後手の方が少し良いかもしれません。すぐに△5六歩には▲7七角で角交換を迫る手もありますが、それでも△5六歩の拠点は残ります。もし、△8八飛~△8九飛成で桂を取られると、▲7七角ができなくなるという変化も考えられます。また、すぐに▲8六角と働かせる手に対しては、3二金があらかじめ角筋から逃げているのが、後手にとってのプラス要素です。
というわけで、「③駒の働き」は後手やや有利とします。(ただし、「②玉の堅さ」に関係する玉側の金銀を除いています。)
手番
最後に「④手番」は先手です。
手番の評価には、「読み」の要素がかなり含まれています。厳しい手があればその分だけ手番の価値が高くなりますし、逆に手詰まりに近い局面では手番の価値は低くなります。ただし、具体的な読みを入れなくても、「終盤の入り口で、しかも持ち駒がそれなりにあって手段が多い」という状況から、「手番の価値はまあまあ高い」という予想ができます。
総合的な形勢判断
以上、①~④の4項目をまとめると、
①駒の損得:ほぼ互角
②玉の堅さ:先手やや有利
③駒の働き:後手やや有利
④手番:先手
です。②~④の項目は先後で割れていますが、「③駒の働き」にそれほど差があるわけではないので、「②玉の堅さ」で勝っていて「④手番」も握っている先手が有利としたいです。
ところが、実戦では先手の私が負けました。この後の局面で、何度も疑問手を指してしまったからです。
対局後に形勢判断をすると、どうしても勝敗の結果が先入観になってしまうという問題点があります。これは棋譜並べをしている時にも言えることで、特にプロの棋譜を並べていると、形勢自体が微差であることが多いので、形勢判断が勝敗の結果に左右されてしまうことが多いです。そこまで微差の局面ではなくても、どうしても勝敗の結果に形勢判断が引きずられる部分があります。あるいは、実戦で現れた特定の手順が過大評価されて、形勢判断に影響してしまう傾向もあります。
例えば、今回の対局では先手の美濃囲いが攻め潰されてしまったので、「②玉の堅さ」の評価が多少後手びいきになっている可能性をぬぐえません。また、後手の穴熊はバラバラなので、実戦よりも上手い攻めの手順があった可能性があります。そうすると、「②玉の堅さ」の評価は「先手やや有利」どころではなく、「はっきり先手有利」だった可能性もあります。
また、「③駒の働き」についても、ほぼ互角であってもおかしくありません。先手が最善を尽くした場合に、△5六歩の一手がなかなか入らない可能性もありますし、▲8六角から角を上手く捌いて、後手の3三角の働きを上回ることも考えられます。
これらのことは、形勢判断自体が棋力によって左右されることも示しています。
棋力が上がれば形勢判断の精度は当然上がりますが、この場合の「棋力によって左右される」とはそういう意味ではありません。
プロ同士で対局すれば先手が9割勝つような局面でも、アマチュア初段ぐらいの棋力なら後手を持った方が勝ちやすいという局面もあると思います。純粋な形勢の善し悪しだけではなく「指し手の分かりやすさ」も大きな要素です。そう考えると、私の形勢判断はあくまでも「私ぐらいの棋力の目線での形勢判断」ということになります。形勢判断の記事の最初にレーティングを明示しているのはそのためです。
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