本記事から形勢判断シリーズを始めます。
形勢判断は将棋の上達のために極めて大事な技術です。
将棋の技術は「読み」と「大局観」の2つに大別されます。
読みと大局観は車の両輪で、将棋に勝つためにはどちらも必要不可欠です。
形勢判断は後者の大局観の中で、最も基本的かつ重要な項目と言えるでしょう。
形勢判断の精度が向上することは、そのまま将棋の棋力が向上することを意味します。
形勢判断シリーズ(No.1)
次回:将棋の形勢判断:玉の囲いの堅さの定量的な評価
このページの目次
ノーマル四間飛車 vs 居飛車急戦のテーマ図
テーマ図は先手ノーマル四間飛車 vs 後手居飛車急戦で、じゅげむの昔の実戦です。
先後ともにレーティング1800台の将棋倶楽部24での対局で、先手がじゅげむです。今3三の地点で角交換があったところですが、64手目のこの局面での形勢判断について考えてみます。
そもそもどうしてこの局面を選んだかというと、十数手前からの攻防によって、大きな駒交換が行われたところだからです。形勢判断をするのに効果的なタイミングとして、「大きな駒交換が行われた直後」があります。何故かというと、形勢判断の一要素である「駒の損得」が大きく動いている可能性があり、それに伴って形勢も大きく動いている可能性があるからです。
形勢判断の4要素
①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番、というオーソドックスな形勢判断の方法を用います。
手番
分かりやすいところから考えると、「④手番」は先手です。
特に大きな駒交換をした直後の手番は大きいとされています。なぜなら、持ち駒が増えているために、手番を握った側の手段が多いからです。
また、既に終盤に突入している局面なので、手番の重要度は序中盤と比較すると高いです。
「④手番」は先手有利。
玉の堅さ
次に、「②玉の堅さ」も分かりやすいです。
先手は高美濃囲いが丸々残っていて、さらに5七の銀もついているので、金銀4枚のしっかりした囲いです。
一方で、後手は玉の近くには銀が2枚しかないですし、その2枚も連結が悪いです。6九の龍が自陣に効いているのはプラスですが、先手陣と比べて堅さの差は歴然としています。
「②玉の堅さ」は、はっきり先手有利。
駒の損得
「①駒の損得」はどうでしょう。
先手の「金金歩3」と後手の「飛桂」の交換になっています。
飛10点、金6点、桂4点、歩1点で計算すると、先手30点 vs 後手28点でほぼ同じです(駒を1枚得すると、得した側はプラス1枚、損した側はマイナス1枚となります。計2枚の差となるので駒の点数を2倍しています)。後手の6九の飛車が龍であることを加味しても、駒の損得はほぼ互角と言えます。
「①駒の損得」はほぼ互角。
駒の点数については、こちらの記事をご覧ください。
駒の働き
最後に、「③駒の働き」はどうでしょう。
駒の働きは他の3項目に比べると判断が難しいことが多いです。考えなければならない駒の数が多いですし、展開によっては、遊んでいた駒が急に働き出すこともあります。
先手の遊び駒は▲9九香ぐらいで、金銀4枚と右側の桂香は囲いの一部としてしっかり受けに働いています。また▲5四歩は攻めの拠点として非常に重要な駒です。
先手の駒の働きを総合的に考えると、遊び駒がほぼなく、特に守りについては駒がよく働いていて不満はないです。ただし、盤上の攻め駒が▲5四歩の1枚だけなのはやや気になります。
一方、後手は△9一香が遊び駒ですが、他の駒は働いています。特に、攻防に効いている△6九龍は盤上で最もよく働いている駒です。銀2枚は玉の近くで受けに働いていますが、連結が悪くて弱点も多いです。
△2四桂は端とこびんをにらんだ急所の桂であり、端攻めの展開になると△1一香のみならず△3三桂も働いてきそうです。また△5八歩は、と金攻めの種になっています。
後手の駒の働きを総合的に考えると、遊び駒はほぼなく、龍の存在感が大きいが、守りは薄くてかなり不安です。また、端攻めをにらんだ△2四桂・△3三桂・△1一香、横からの攻めをみている△6九龍・△5八歩など、盤上の攻め駒は豊富ですが、重複していると考えることもできます。一度に△1五歩と△5九歩成の2手を指すことはできませんし、攻め駒の重複は駒の働きの観点から気になります。
正直この局面で、「③駒の働き」がどちらが有利かは、私の棋力で判断するのが難しいです。
盤上の金銀の効率は、「②玉の堅さ」の要素にも含まれているので、③を②と切り離して考えることが難しくなっているという理由もあります。しかし、難しいということは、「大差ではない」ぐらいは言い切ってしまっていいでしょう。
「③駒の働き」は大差ではない。
総合的な形勢判断
形勢判断の4要素の①から④まで出そろったので、総合的な形勢判断に取りかかります。
①から④までをまとめると、
①駒の損得:ほぼ互角
②玉の堅さ:はっきり先手有利
③駒の働き:大差ではない
④手番:先手
駒の損得はほぼないですが、先手は玉の堅さではっきりと上回っている上に、手番を握っています。駒の働きの判断が難しいとはいえ、玉の堅さと手番の項目ではっきりと先手よしなので、総合的に見ても先手優勢の局面といえるでしょう。
結論は先手優勢。
では、先手が優勢であるとして、どのくらい優勢でしょうか。先手が「指せる」程度なのか、やや優勢か、はっきり優勢か、それとも勝勢と言えるような差なのでしょうか?
この答えは棋力によって異なります。例えば、プロレベルでは絶対に逆転のしようがない大差の局面であっても、アマチュア同士で指すと逆転することがけっこうあります。優劣の程度を客観的に判断する指標を作るのはなかなか難しいです。
ただし、この局面については、「①駒の損得」をほぼ互角、「③駒の働き」を大差ではない、と判断しています。形勢判断の決め手となったのは「②玉の堅さ」です。したがって、玉の堅さの分だけ、先手がはっきり優勢と考えれば分かりやすいです。逆に考えると、この局面での優勢の度合いがわかれば、玉の堅さが全体の形勢にどのくらいの影響を及ぼすかの感覚をつかむことができます。
ちなみに、このあと実戦では「④手番」を握った先手が攻め続け、そのまま寄せ切って先手勝ちとなりました。後手の玉が薄すぎて、粘りが効かない展開になったので、やはり「②玉の堅さ」の差は大きかったです。先手の手番だったので、攻められた時の後手玉の薄さがダイレクトに形勢に響いてしまったことから、「②玉の堅さ」と「④手番」の合わせ技と言ってもいいです。また、後手玉が薄いとはいえ最後まで寄せ切れたのは、「①駒損」がなく、「③駒の働き」も悪くなかったために、攻めの戦力が十分であったことも大きな要因です。
オーソドックスな方法で形勢判断をしましたが、いかがだったでしょうか?
形勢判断シリーズはこのような形で進めたいと思います。次回は、形勢判断の4要素の一つである「②玉の堅さ」を深掘りした記事です。
形勢判断シリーズ(No.1)
次回:将棋の形勢判断:玉の囲いの堅さの定量的な評価