将棋の形勢判断シリーズの第10回です。戦型は四間飛車 vs 居飛車急戦です。大駒は強力な駒なので、形勢に大きな影響を与えます。特に、大駒が攻めと守りの両方に働くときに絶大な影響力があります。
しかし、大駒の力を過大評価しすぎるのも考えものです。形勢判断の4要素で、大駒はいくつかの要素に同時に影響を与えやすいので、冷静かつ適切に評価することが大事です。
形勢判断シリーズ(No. 10)
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四間飛車 vs 居飛車急戦のテーマ図
四間飛車 vs 居飛車急戦で、じゅげむの昔の実戦です。将棋倶楽部24で先後ともにレーティング1900ぐらいの対局です。
斜め棒銀の定跡形から後手が仕掛けてきて、先手の私は途中でまずい手を指してしまいました。不利を自覚していたので、ここから粘りを意識して指したのですが、この局面でどのくらい形勢が悪化していたのかを分析してみたいと思います。
互いに大駒をさばき合った直後で、中盤の終わりから終盤の入り口あたりの局面なので、形勢判断をするには丁度良いタイミングだと思います。
形勢判断の4要素
いつものように、①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番、の4項目を考えます。オーソドックスな形勢判断の手法です。
駒の損得
「①駒の損得」は、先手は桂損ですが歩が1枚多いです。すなわち、先手「歩(2点)」vs 後手「桂(8点)」の比較で、後手の駒得です。
後手は△8九飛成の成り込みと同時に桂を手に入れましたが、先手は▲8一龍と駒損を解消できないのが痛いです。9九の香も一方的に拾われそうです。
玉の堅さ
「②玉の堅さ」については、互いに金銀3枚の囲いで、囲いの部分だけを考えると、先手の美濃囲いの方が後手の船囲いよりも堅いです。しかし、「②玉の堅さ」は「玉の安全度」として考えるべきで、相手の攻め駒の影響を無視できません。
図の局面では、△8九龍と△6六角が先手の美濃囲いの急所の3九の地点をにらんでいます。ものすごく危険な形で、放置すればすぐに△3九銀と打ち込まれて寄ってしまいます。△3九銀▲1八玉△4九龍が詰めろなので(△3九銀▲1七玉△2五桂~△4九龍でも詰めろ)、実は先手玉は二手スキです。
一方で、後手の船囲いはすぐに寄るような形ではありません。二段龍の▲7二龍に対して、△5二金と△6二銀の2枚が横利きをさえぎっている形で、なかなか抵抗力があります。さらに、△6六角が自陣の守りにもよく働いています。
したがって、「②玉の堅さ」についても、後手有利です。
駒の働き
「③駒の働き」については、「玉と反対側の端の桂香」と「大駒の働き」について考えます。
端の桂香については、先手は▲9九香の1枚が遊んでいます。一方で、後手は△9一香と△8一桂の2枚が遊んでいます。よって、後手の方がやや損をしています。しかし、先手の▲8九桂は後手に取られた駒なので、「①駒の損得」の項目でその損はしっかりとカウントされています。すなわち、「端にある遊び桂が取られた」ということで、やや損が軽くなっているという程度です。
大駒の働きについては、相当な差があります。△8九龍は先手の美濃囲いの3九の地点をにらんでいる急所の一段龍です。△6六角も急所の3九の地点をにらんでおり、自陣の受けにも働いています。もし仮に、盤上の△6六角が駒台にあったとしても、6六に打ちたいぐらいの急所の位置です。したがって、角を持ち駒として温存しているよりも、6六にある方が働いています。というわけで、後手は龍と角の2枚の大駒がどちらも非常によく働いています。この点は、「②玉の堅さ」の項目にも大きな影響を与えています。
一方で、先手は▲7二龍と持ち角です。▲7二龍は攻めを考えたときに、△8九龍と比べて働きがかなり弱いです。ただし、後手の龍より内側にあるので、▲7九歩の底歩を打てるという利点はあります。また、持ち角は悪くはないですが、ベストの位置にある△6六角と比べるとはっきりと見劣りします。
大駒の働きの差の方が、端の遊び桂1枚の差よりもずっと大きいので、「③駒の働き」は後手有利です。ただし、どのくらい有利かという点に関しては、「②玉の堅さ」の項目ですでにカウントされていて重複する部分もあります。
手番
「④手番」は先手です。
中盤の終わりから終盤の入り口あたりなので、手番の価値は序中盤に比べると大きいです。
もし、この局面で手番が後手なら、△3九銀ですぐに将棋が終わってしまうところです。
総合的な形勢判断
①~④をまとめると、
①駒の損得:後手の駒得・・・先手「歩(2点)」vs 後手「桂(8点)」
②玉の堅さ:後手有利・・・後手の二枚の大駒が脅威
③駒の働き:後手有利・・・大駒の働きの差が大きい
④手番:先手
となって、手番以外の3項目はすべて後手有利です。先手の手番で、すべてをひっくり返すような手があるわけではないので、この局面は後手優勢といえます。
ただし、①~③の3項目が後手有利だからといって、総合的な形勢が大差かというと、それは冷静に考える必要があります。
「②玉の堅さ(玉の安全度)」は、この瞬間はものすごく危険ですが、もともとが美濃囲いの堅陣なので、守りの手が入ればけっこう堅くなります。▲7九歩の底歩や▲4八銀が入ると、それなりに粘りのある形になります。
「③駒の働き」の差は、ほぼ「大駒の働き」の差なので、大駒の利きを上手く止めることができれば、その差を小さくすることができます。実戦ではこの後、(必ずしも上手くいったかどうかはともかく)▲7九歩の底歩で龍の横利きを遮断したり、△9九角成と香を取られたときに▲8八歩と馬の利きを遮断したりしました。
そもそも、「②玉の堅さ」と「③駒の働き」は、両方とも後手の大駒の影響が大きく、重複する部分がありました。ということは、後手の大駒の働きを弱くする手を指せば、②と③の両方に効果があります。現状の放置は、②と③の両方の点で非常にまずいですが、先手の受けの手の価値が高い局面です。
ただし、後手は△8九龍も△6六角もよく働いていて、一手で両方を押さえることはできません。駒損でもありますし、形勢が後手優勢であることは変わりません。
この辺りのニュアンスを含めてまとめ直したいと思います。
現局面では「②玉の堅さ(玉の安全度)」と「③駒の働き」が大差です。しかし、②と③の両方とも後手の大駒の利きを由来としているので、「④手番」を持った先手が大駒の利きをうまく遮断する手段があれば、後手勝勢とまでいえるような局面ではありません。その場合は、後手の駒得もそれほど大きくはないので、後手優勢というぐらいです。
実戦ではこの後、▲7九歩△7一歩▲7八龍△同龍▲同歩△8九飛(下図)となりました。▲7九歩の底歩で何とか△8九龍の横利きを遮断しようと試みましたが、△7一歩から龍の交換となって、再び△8九飛の一段飛車を打たれました。
今度は底歩も効かないので、▲6九歩△同飛成▲4八銀△9九角成▲8八歩(下図)と、大駒の利きを遮断できる展開を狙って紛れを求めました。
一気に寄せられる展開は避けられましたが、駒損は大きくなっており、先手が苦しい形勢に変わりはありません。この後、形勢が接近したと思われる瞬間もありましたが、結局苦しいまま先手の私が敗北しました。
形勢判断シリーズ(No. 10)
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