前回の続きです。谷川浩司さん、渡辺明さん、青野照市さんの3人のプロ棋士の駒の価値を比較します。将棋の上達に役立つ駒の価値についての理解を深めていきましょう。
駒の価値の研究シリーズ(No.6)
前回:3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較
次回:
このページの目次
・歩の価値
・香の価値
・桂の価値
駒の価値のプロ棋士3人の共通点
谷川浩司さん、渡辺明さん、青野照市さんの3人の共通点として、駒の価値の順番はほぼ同じです。
歩<香<桂<銀<金<角<飛車
ただし、渡辺明さんだけ香と桂の価値はほぼ同じとしています。
そして、以下に計算結果を示しますが、3人の駒の価値の点数に大きな差があるわけではありません。つまり、3人の大まかな見解は一致しており、あとはどのくらい細かな差があるかです。
前回の記事での問題意識として、駒の価値の精度、駒の価値の変動、という2点がありました。プロ棋士間の細かな点数の違いを考えることで、これら2点についての理解を深めます。
駒の価値の基準:歩から銀に
前回の表を再掲します。
3人の駒の点数を比較すると、青野照市さんの駒の点数は全体的に高くなっています。駒の価値は比率が重要なので、調整する必要があります。
上記の表では、歩の点数は3人とも1点で、歩の価値を基準にしています。
この基準を別の駒にしたらどうなるでしょうか?
例えば、銀の価値を基準にして表を作り直してみます。
谷川浩司さんと渡辺明さんは銀が同じ5点なので、この点数に基準を合わせます。青野照市さんの銀の点数は7点なので、銀の7点が5点になるように、全体の割合を調整します。具体的には、青野照市さんのすべての駒の点数に5/7を掛ければいいです。計算結果は下図のようになります(谷川理論と比較して、価値の高さが目立つ数字を赤字、低さが目立つ数字を青字にしています)。
銀5点を基準とすると、青野さんの駒の点数のいくつかが谷川さんとほぼ一致します。香2.9点、角7.9点は、谷川理論に極めて近い値です。金5.7点も谷川理論の6点との誤差が5%で一致の度合いが高いです。銀も含めると、香、銀、金、角の4種類の駒が谷川理論に近い値を示していることがわかります。
価値の基準をどの駒に合わせるか?
歩が価値の基準とされることが多いのですが、じゅげむは銀の方が良いのではないかと思っています。
理由の一つは、歩という駒は価値の変動が激しそうだからです。
「歩切れの香は角以上」という格言があるように、歩が1枚あるのと歩切れでは、かなり状況が変わってきます。逆に歩を3枚も4枚も持っているときに、そこから1枚増やしても大したことがない場合も多いです。さらに、二歩というルールのために、歩が使える状況と使えない状況があるために、歩の価値は大きく変動するはずです。
逆に、銀という駒は価値が比較的安定していそうです。攻めにも受けにも使えますし、飛び駒と違って利きの数の変動も少ないです。
理由の二つ目は、銀は駒の価値がちょうど真ん中の駒だからです。
歩<香<桂<銀<金<角<飛車
という駒の価値の順番なので、銀はちょうど真ん中になります。点数としても、一番価値の高い飛車の半分ぐらいです。一番価値の低い歩を基準にしたり、逆に一番価値の高い飛車を基準にしたりすると、全体的に誤差が大きくなりそうです。
コンピューター将棋の評価値で100点がおおよそ歩1枚の価値だと聞いたことがあります。コンピューター将棋に詳しくないので断定はできませんが、歩の価値を評価値の基準にするよりは、銀の価値を評価値の基準にした方が、コンピューター間の誤差が少なくなるような気もします。
3人のプロ棋士の比較
さて、本題から少し外れてきたので戻します。
銀を基準にした駒の点数を比較すると、銀、金、角の3種類の駒についてはプロ棋士3人の意見がほぼ一致しています。
ところが、歩、香、桂、飛車の価値については、プロ棋士によって差が大きいように見えます。
歩の価値
上でも書きましたが、歩は価値の変動が激しい駒です。
青野さんの歩の価値は、谷川理論の約70%なので誤差としては小さくありませんが、何枚も使われる駒なので、1枚1枚の価値を評価するのはなかなか難しいです。歩の価値については、ケースバイケースで考えた方が良さそうです。
香の価値
谷川さん3点、渡辺さん3~3.5点、青野さん2.9点
渡辺さんは香の評価が高いです。3~3.5の中心値が3.25なので、谷川理論よりも約8%高めです。
駒の価値に変動幅を設定していることにも注目です。3~3.5の中心値3.25を基準とすると、上下の変動が0.25で約8%となるので、香の価値=3.25±8%と表現することができます。
以前の記事で香の価値の確率分布を考えましたが、たしかに香という駒は価値の変動が激しそうです。
もう一つ、香の点数自体だけでなく、渡辺さんは香と桂の価値を同等に考えていることにも注目です。
桂の価値
谷川さん4点、渡辺さん3~3.5点、青野さん3.6点
谷川さんの桂の評価が他の2人よりもかなり高いです。今まで谷川理論を基準としてきたので、渡辺さんと青野さんの点数の方が低いようにも見えますが、むしろ谷川さんの桂の評価が通常よりも高めと考えた方が良さそうです。
その理由はいくつか考えられます。
①整数値の精度なので4点になっている可能性があります。
本当は3.5点ぐらいにしたかったけれど、整数値にしてわかりやすくするために4点とした可能性があります。香の価値よりは評価が高いので、3点に丸めるよりは4点に丸める方が香と桂の比較が明瞭です。
②谷川さんの好きな駒の一つが桂です。
『将棋年鑑2014』によると、谷川さんの好きな駒は「角と桂」となっています。後で述べる渡辺さんの飛車のケースのように、好きな駒の価値を高めに見積もることはありえます(ただし、同じく谷川さんが好きな角については、高めに見積もっていることはなさそうです)。
以上の理由から、桂の評価は4点よりも少なめに見積もった方が良い可能性はあります。3人のプロ棋士の平均ぐらいであること、切りがよくてわかりやすいことから、個人的には桂の価値=3.5点ぐらいを採用したいです。
飛車の価値
谷川さん10点、渡辺さん12点、青野さん8.6点
渡辺さんの飛車の評価は高く、青野さんの飛車の評価は低いです。谷川さんの10点は両者の中間ぐらいです。
青野さんの飛車の点数は8.6点でかなり低く、角の7.9点とそれほど差がないぐらいです。
その理由として一つのヒントになるのは、青野さんの時代には大山康晴十五世名人が将棋界の第一人者であったことです。
大山康晴十五世名人と言えば四間飛車です。昔は今のように穴熊が主流ではなく、急戦が多かったと思います。青野さんは対四間飛車の急戦定跡である鷺宮定跡を作った棋士として知られています。
居飛車vs振り飛車の対抗型の急戦では、飛車角交換で角を持った振り飛車が互角、あるいは振り飛車有利という変化が多くあります。
その理由の一つが美濃囲いの特徴でしょう。美濃囲いは横からの攻めに強いです。横からの攻めは飛車が主役になりやすいので、「美濃囲いは飛車に強い」と言い換えることができます。
実際の対局で飛車角交換しても互角なことが多いなら、飛車と角の価値はそれほど変わらないと考えるのが自然でしょう。
一方、渡辺さんは同じ対抗型でも穴熊全盛時代のプロ棋士です。
穴熊は手数がかかるので、持久戦でがっちりと組み合うと、振り飛車側は高美濃や銀冠まで発展しています。これらの囲いは上部は手厚くなるのですが、横からの攻めには美濃囲いよりも隙が多いです。
相手の囲いが飛車に強いか弱いかで、飛車の価値が変わるというのは、状況による駒の価値の変動の一種です。
さらに言えば、渡辺さんは飛車(龍)で桂香を拾える形も想定して、飛車の価値を設定しているかもしれないです。(参考資料:『渡辺明の思考』)
たしか、どこかで『飛車の点数が高めなのは自分の好みです』と言っていた気がするので、純粋な駒の価値として12点は高すぎということなのでしょう。『将棋年鑑2014』のアンケートでは好きな駒を飛車と回答しています。
以上を総合して、飛車の価値は谷川さんの10点をそのまま採用したいです。
本ブログでは駒の価値について谷川理論を用いることが多いです。ただし、桂の価値については、やや高めに見積もっている可能性を考慮したいと思います。
駒の価値の研究シリーズ
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