将棋の形勢判断シリーズの第7回です。
今回は飯島流引き角 vs 四間飛車の中終盤です。飯島流引き角戦法は、居飛車が振り飛車と同じ美濃囲いに囲えるので有力です。玉の堅さに差がある通常の対抗型の急戦とはやや感覚が異なるので、駒をさばいた後の形勢判断を慎重に行う必要があります。
形勢判断シリーズ(No.7)
前回:将棋の形勢判断:傷のある銀矢倉と穴熊、手番の価値
次回:将棋の形勢判断:居飛車穴熊 vs 中飛車銀冠、局面全体のバランスを考える
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飯島流引き角戦法 vs 四間飛車のテーマ図
飯島流引き角戦法 vs 四間飛車のじゅげむの昔の実戦です。将棋倶楽部24で先後ともレーティング約 1800の対局で、後手の四間飛車側が私です。
▲7六歩不突きが特徴の飯島流引き角戦法への対策が手探りで、本局では一手損ですが序盤に向かい飛車に振り直して、左銀を繰り出して角頭を狙いました。それに対して、先手は飛車角交換で駒をさばく激しい手順を選びました。
通常の対抗型の急戦では、先手が船囲いで玉が薄いので、成立しそうにない展開です。しかし、飯島流引き角戦法では先手の囲いが振り飛車と同じ美濃囲いなのがポイントです。
ちなみに、図の53手目の局面では後手の飛車が再び4筋に戻って来ています。
局面は中盤の後半(あるいは、いわゆる「中終盤」)といったところでしょうか。まだ互いの美濃囲いには手が付いていませんが、先手は持ち駒が豊富で、後手は敵陣に龍がいます。ここでの形勢判断をしたいのですが、気になる点はやはり、先手が急戦でよくある船囲いではなく、振り飛車側と同じ美濃囲いであるところです。先手の囲いの違いが、全体の形勢判断にどのように影響するでしょうか。
形勢判断の4要素
いつものように、①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番、の4項目の分析で形勢判断をします。
駒の損得
「①駒の損得」は、飛車角交換と先手の香得です。さらに先手は歩が1枚多いです。
飛10点、角8点、香3点、歩1点とすると、先手は「角香歩」の12点を2倍して合計24点、後手は「飛」のみを2倍して合計20点。先手がやや駒得です。しかし、歩の総数では先手が1枚多いですが、持ち駒としては1歩ずつなので、素直に1歩得といえるのかは怪しいです。とはいえ、ほぼ互角からやや先手駒得といっていいでしょう。
以下は、駒の点数についての参考記事です。
玉の堅さ
「②玉の堅さ」は、同じ美濃囲いでほぼ互角です。▲5七銀と△6四銀の位置の違いや、▲1一馬の自陣への利きの影響で、厳密に同じ形ではありませんが、基本は同じ美濃囲いなのでほぼ互角といっていいと思います。
通常の居飛車 vs 振り飛車の対抗型の急戦では、居飛車が船囲いのことが多いです。美濃囲い vs 船囲いだと、美濃囲いの方が堅いので、通常の急戦では居飛車側が神経を使う必要があります。互角のさばき合いでは、居飛車が玉の堅さの分だけ不利になってしまいます。
しかし、飯島流引き角戦法では居飛車が振り飛車と同じ美濃囲いなので、居飛車側としては強く戦うことができます。玉の堅さが互角なら、自分が優勢な場合の形勢判断もしやすくなります。もし玉の堅さで劣っていると、「別のところでポイントを稼いでも、優勢になっているとは限らない」ということが起こります。
駒の働き
「③駒の働き」についてです。
まず、先手のマイナスポイントとして、▲1九香は取られるだけの駒、▲1一馬は盤面の隅にいるので現局面では働きがやや弱いです。また、両者の「と金」を比較すると、3八にいる後手の「と金」の方が良い位置にあります。
後手は、△2九龍は敵陣でよく働いているのですが、自陣の△4二飛が問題です。
駒の働きは、少なくとも大差ではなさそうですが、厳密な比較は難しいです。
後手としては、気になるのが△4二飛だけなので、この駒が上手くさばければ駒の働きには文句がありません。しかし、一番強い駒である飛車なので、さばけなかった時のマイナスは大きいです。
先手としては、2一の「と金」の働きが悪かったり、▲1九香が取られるだけの駒だったり、▲1一馬が盤面の隅にいたりで、気になる点は多いです。しかし、▲1一馬は自陣に引きつけられそうですし、△4二飛がさばけなかった時のマイナスに比べると、先手の他の要素のマイナスはそれほど大きくない気もします。
手番
「④手番」は後手です。
手番の価値がどれほど高いかの判断ですが、まだ本格的な終盤戦の手前であるので、手番の価値がものすごく高い局面ではありません。
しかし、先手は持ち駒が豊富ですし、後手は△1九龍と持ち駒を補充する手が残っています。手番の価値はまあまあ高いといえます。
総合的な形勢判断
①~④をまとめると、
①駒の損得:ほぼ互角か先手がやや駒得。
(先手「角香歩(24点)」vs 後手「飛(20点)」)
②玉の堅さ:ほぼ互角。
③駒の働き:比較が難しい。少なくとも大差ではない。
④手番:後手。
というわけで、ほぼ互角の項目が多く、どちらが優勢であるかを断定するのは難しいです。
①は先手やや良し、④は後手なので、4要素の優劣が割れています。
例えば、手番を握った後手は△1九龍で香を補充できるので、後手が△1九龍を選べば、駒の損得はほぼ飛車角交換で後手が逆に良くなります。先手がもし船囲いだったら、玉の堅さと飛車角交換の差で、あっさり後手有利と判断できるような状況です。しかし、先手の囲いが横からの攻めに強い美濃囲いなので、飛車に対しても抵抗力があります。ましてや、後手の飛車の1枚は自陣で眠っているので、敵陣の龍1枚だけではすぐに速い攻めはなさそうです。
他には、3八の「と金」を生かして、△4八歩や△3七とも考えられます。しかし、△4八歩の攻めは手数がかかりますし、4筋に香を打たれて4二の飛車をいじめられる筋も気になります。△3七とは有力そうで、次に△4七とが実現すれば厳しいです。4二の飛車がさばける形になれば後手優勢になりそうです。他の手として、すぐに飛車をさばこうとして△4五飛なら▲1八角の龍飛車両取りがあります。
一方で、後手にとっての懸念材料もあります。
次に▲6六馬と引かれると、盤面の左側(玉側)は、先手の勢力の方が強くなりそうです。馬の力は強大ですし、持ち駒の数が先手の方が多いので、勢力争いでは有利になりやすいです。特に問題なのは、互いの美濃囲いの急所の端です。▲6六馬と馬を引きつければ、端の攻防では先手が有利になるかもしれません。
ただし、後手には△2九龍がいるので、端や玉頭での攻防になったときに、「端や玉頭の攻め」と「龍による横からの攻め」を組み合わせることができます。したがって、先手もその点は慎重にならざるを得ないので簡単ではありません。
結論としては優劣不明。形勢は少なくとも大差ではない。
結論がはっきりしなくて申し訳ないですが、「(自分の棋力の範囲で)大差ではない」という判断自体は有益です。悲観する必要は全くないし、十分にチャンスはある将棋です。逆転を狙った無理な指し手も回避できます。
実戦ではこの後、端や玉頭方面で激しい攻防が展開されました。後手は受けに回ったのですが、先手に激しく攻められて、危険な局面が何度もありました。先手の攻めミスがあり、後手の受けミスもあり、形勢は混沌としていましたが、攻めている先手の方にチャンスが多い展開だったと思います。しかし、最後に先手が大きなミスをして、攻めが切れてしまいました。
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