将棋の形勢判断:①~④の4要素で優劣の評価が割れた場合

形勢判断シリーズの第3回です。

オーソドックスな形勢判断の方法では、「①駒の損得」「②玉の堅さ」「③駒の働き」「④手番」の4要素で優劣を考えます。

しかし、これらの形勢判断の4要素で優劣の評価が真っ二つに割れた場合に、総合的な形勢をどのように判断したらよいでしょうか?

今回の記事では、このようなケースについて考えようと思います。

形勢判断シリーズ(No.3)
前回:将棋の形勢判断:玉の囲いの堅さの定量的な評価
次回:将棋の形勢判断:優勢か劣勢かがわかりやすい場合

このページの目次

向かい飛車 vs 三間飛車の相振り飛車のテーマ図

形勢判断:向かい飛車vs三間飛車のテーマ図

再び先手向かい飛車 vs 後手三間飛車の相振り飛車の実戦です。

先手がじゅげむで、先後とも将棋倶楽部24で約レーティング 2000の対局です。序盤から中盤の入り口で、一ミリも読んでなかった仕掛けを後手からされて、一気に駒交換が行われた直後の局面です。

形勢判断のポイントとして、どうしてこの局面を選んだかというと、互いの駒が大きくさばけて交換になった直後だからです。駒の損得に変化があった局面なので、形勢がどちらかに傾いている可能性があります。この局面の形勢判断によって、そもそも後手の仕掛けが成立していたかも問われることになるでしょう。

形勢判断の4要素

例によって、①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番、というオーソドックスな形勢判断の手法を用いて考えてみます。

駒の損得

形勢判断:向かい飛車vs三間飛車のテーマ図

まず、最初の要素は「①駒の損得」です。

先後で同じ枚数の駒を除いて、先手の「角香歩2」と後手の「飛」を比較すればいいです。

先手の「角香歩2」は角8点、香3点、歩1点×2枚として最後に2倍すると合計26点。後手の「飛」は、飛10点のみを2倍して合計20点です。結局、先手26点 vs 後手20点で先手が駒得です。さらに、後手の歩切れも大きいです。

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玉の堅さ

形勢判断:向かい飛車vs三間飛車のテーマ図

次の要素は「②玉の堅さ」です。

先手は金無双の金銀3枚の囲いがそのまま残っています。囲いにほぼ手がついていないことはプラスですが、もともと金無双は横からの攻めには比較的弱いです。後手は飛車を持っており、飛車を打ち込まれて横から攻められる展開は十分に考えられます。その場合に、2八の壁銀は気になるところです。ただし、後手が2筋に飛車を据えていて、4五に桂が跳ねている現局面では、2八の銀は上部からの攻めに対する守り駒として立派に働いています。

一方で後手は、7一玉型の美濃囲いで金銀3枚が残っていますが、6筋に傷があるのはマイナスです。7一玉型の美濃囲いは、8二玉型と比べると横からの攻めに弱いです。さらに、6筋に傷があるので、先手が桂を持てばいつでも▲6三桂が王手になるという問題もあります。しかし、この局面で仮に8二玉型だったとすると、▲8四歩からの玉頭攻めに対して7一玉型よりも当たりがキツくなります。さらに、先手の7筋の歩が伸びているので、すぐに▲7四歩のこびん攻めもあります。7一玉型と8二玉型は一長一短で、玉が8二に入城していないからといって、必ずしも囲いが弱体化しているわけではありません。

これらを考慮して玉の堅さを比較すると、先手の6四の歩が大きな拠点となっていて、後手の美濃囲いの傷になっている分だけ、先手にやや分があると思います。したがって、「②玉の堅さ」はやや先手有利。

駒の働き

形勢判断:向かい飛車vs三間飛車のテーマ図

「③駒の働き」の要素はどうでしょうか。

先手は左辺の桂香が遊んでいて、状況によっては取られそうな駒です。加えて、1一の馬が盤面の隅にいて、働きがやや弱いのが気になります。後手は目立った遊び駒はありませんが、飛車の働きがやや弱いです。ただし、先手の馬も後手の飛車も働きが全然弱いというわけではなく、狭いというわけでもありません。例えば、先手なら▲5五馬、後手なら△6四飛や△2六歩など、それぞれ盤上の大駒を働かせる手が残っています。

総合すると、左辺の桂香の遊び駒の分、「③駒の働き」はやや後手有利かもしれません。

手番

「④手番」は後手。

局面はすでに中盤から終盤に差し掛かろうとしており、序盤と比べて手番の重要性は大きくなっています。特に、大きな駒交換があった直後の手番は大きいと言われています。

総合的な形勢判断

①から④をまとめると、

形勢判断:向かい飛車vs三間飛車のテーマ図

①駒の損得:先手が駒得(先手「角香歩2」(26点)vs 後手「飛」(20点))
②玉の堅さ:やや先手有利(後手の美濃囲いの6筋の傷)
③駒の働き:やや後手有利(先手の左辺の桂香の遊び駒)
④手番:後手

形勢判断の4要素のうち、①と②が先手のポイントで、③と④が後手のポイントです。

先手が「駒の損得」と「玉の堅さ」の要素ではリードしていますが、「駒の働き」はやや後手が良く、「手番」は後手が握っています。

4つの要素で評価が割れているので、「各要素の差はどのくらいなのか」「どの要素を重視すべきなのか」によって、最終的な形勢が左右されることになります。

「①駒の損得」と「③駒の働き」の比較

形勢判断:向かい飛車vs三間飛車のテーマ図

例えば、①と③の要素を比較します。

「①駒の損得」では、先手は香1枚分(3点×2 = 6点)ぐらいの駒得です。「香得」というのは、自分は香が1枚多くなって、相手は香が1枚少なくなることです。したがって、合わせて香2枚分の戦力差が生じるので3点を2倍して合計6点差となります。

一方で、「③駒の働き」では先手の左辺の桂香が1枚ずつ遊んでいます。「駒が遊んでいる」という状況は、自分の戦力にはなっていないが、相手の戦力が増えているわけではありません。よって、「駒得」とは違って、戦力差を2倍する必要はありません。すなわち、桂香1枚ずつの戦力差(合計7点)でいいということになります。

すると、①と③の要素比較は、「香2枚の戦力差(6点)」vs「桂香1枚ずつの戦力差(7点)」と考えることができて、両者はほぼ相殺されます。

形勢判断への読みの影響

このように考えると、②と④の要素の差を考えればいいことになります。

「④手番」を握った後手が、「②玉の堅さ」の差よりも大きなポイントを上げられるか。この局面でそのような手があるかどうかです。

そうすると結局、この局面からの具体的な手を読んでみないことには形勢判断はできないということになります。

形勢判断:向かい飛車vs三間飛車のテーマ図

私の棋力なりにこの後の手を読んでみます。例えば、後手の飛車を働かせる手である①△6四飛②△2六歩、飛車を打ち込む手である③△6九飛④△7九飛が目に付きます。

①△6四飛は6筋の傷を緩和するのと同時に、次に△6九飛成を狙っています。しかし、△6四飛▲5五馬△6九飛成▲4五馬と進んだときに、▲4五馬が駒得しながら8九の桂にヒモをつけていて、さらに敵陣もにらんでいるので、かなり味が良さそうな手です。▲5五馬の時に△3七桂成や△5七桂成で先手陣を乱す手もありますが、やはり駒得が大きそうです。

②△2六歩は本譜の順で、以下▲同歩△同飛▲2七歩△8六飛▲8八香△7六飛▲6七角と進みましたが、私ぐらいの棋力では難解な形勢で、少なくとも大差ではなさそうです。▲8八香のところで▲8八歩、▲6七角のところで▲7七馬などの方が良かったかもしれません。私の棋力では正解はわかりませんが、最善の順を選べば、先手が指せていた可能性はあります。

③△6九飛は▲7八角で飛桂両取りがあって、以下△6五飛成には▲6八香があります。▲7八角の時に、△3七桂成▲同銀△7九飛成でも先手の駒得が大きそうです。

④△7九飛には▲8八馬で、後手は自陣に龍を引き返さなくてはならないところが不満です。

というわけで、結論としては、形勢は少なくとも大差ではないし、私の棋力では優劣不明。先手が指せている可能性はあります。

現局面の形勢判断に読みの影響が入ってくるのがポイントです。読みの力が上がれば、その分、形勢判断の精度も上がります。しかしながら、「具体的な手を詳しく読まなくても形勢がわかる」というのも形勢判断のキモなので、その点を忘れずに、「読み」だけに頼らないようにしたいです。

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