将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート

駒の価値の研究シリーズを始めます。最初にスタート地点として、プロ棋士の谷川浩司さんによる駒の価値の評価である「谷川理論」を紹介します。そして、駒の価値の本質を探るためのさまざまな方法を試みます。実戦の荒波に耐えうるような駒の価値の理論は生まれるのでしょうか?

駒の価値の研究シリーズ(No.1)
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駒の価値の基本(谷川理論)

最初に駒の価値の基本について述べます。

『谷川浩司の本筋を見極める(谷川浩司著、NHK出版、2007年)』によると、駒の点数は、歩1点、香3点、桂4点、銀5点、金6点、角8点、飛車10点となっています(以後、「谷川理論」と呼びます)。駒の損得を考えるときに、この点数を基本にします。

ただし、成り駒の点数については省略しています。また、玉は将棋のルール上、取られると負けになってしまう特別な駒です。玉については、駒交換などはできないので、駒の価値として数値化できません。

谷川理論の駒の価値(点数)

歩と香の交換なら歩1点、香3点なので、香を取った方が駒得です。また、銀と角の交換なら銀5点、角8点なので、角を取った方が駒得になります。駒の価値が、歩<香<桂<銀<金<角<飛車、の順番になるわけです。駒交換のときに、駒得になるか、それとも駒損になるかは、駒の価値の順番を考えればすぐにわかります。

駒の価値の順番だけではなく、点数の大きさも重要です。銀を金と交換すると、銀5点、金6点のたった1点差で小さな駒得ですが、銀と飛車の交換だと銀5点、飛車10点で5点差もあるので、飛車銀交換は大きな駒得になります。

谷川浩司さんは、タイトル27期の実績を持ち、十七世名人の資格を持つ、将棋界の歴史の中でも指折りの大棋士です。その谷川浩司さんの経験に基づいた駒の価値の感覚なので、歩1点、香3点、桂4点、銀5点、金6点、角8点、飛車10点という駒の点数の信頼性は非常に高いと思います。アマチュア向けに説明がわかりやすいように、単純化した部分も大いにあると思いますが、駒の価値の真実にかなり近い点数であることは間違いないでしょう。(棋書『谷川浩司の本筋を見極める』では、様々なケースにおける駒の価値の考え方についての解説があります。)

駒の価値の理論化

さて、本記事のテーマは「駒の価値の理論化」です。駒の価値の真実は「谷川理論」に近いということを頭の片隅に入れつつも、少し頭でっかちになってみて、経験や感覚ではなく理屈で、駒の価値を考えてみるのも面白いです。

取っかかりとしてまず、歩、銀、金の3種類の駒に注目します。谷川理論による駒の点数はそれぞれ、歩1点、銀5点、金6点です。

これらの3種類の駒だけを並べると何かに気が付きませんか?

実は、歩、銀、金の3種類の駒については、「駒の点数」と「利きの数(利きがあるマス目の数)」が一致します。歩は前に1マスだけなので合計1マス、銀は前方3マスと斜め後ろの2マスで合計5マス、金は前方3マスと横2マスと真後ろ1マスで合計6マスの利きがあります。これらの利きの数の合計は、谷川理論の駒の点数と一致します。

そこで、次のような仮説を立ててみます。

仮説1:駒の価値(点数)は、利きの数と同じである。

駒の価値と利きの数

上記の「仮説1」を検証するために、各駒の「利きの数(利きがあるマス目の数)」を整理してみましょう。

歩:1マス

香:1~8マス・・・香の位置と、利きを止める駒の位置による。

桂:2マス

銀:5マス

金:6マス

角:1~16マス・・・角の位置と、利きを止める駒の位置による。

飛:2~16マス・・・飛の位置と、利きを止める駒の位置による。

香と角と飛車は、いわゆる「飛び駒」です。利きが遠くまであるのですが、敵の合駒や味方の邪魔駒などで利きを止められると、利きの数が減ってしまいます。また、香なら盤面の上の方にあるほど利きが少なくなりますし、角は盤面の端の方にあるほど利きが少なくなります。

細かく言うと、桂、銀、金も盤面の端にあると利きが少なくなりますが、ここでは駒の価値を大雑把に考えているので、気にしないことにします。また、味方の駒に「ヒモ」を付けているマス目も(駒をそのマス目に移動させることはできませんが、駒の利きが働いていると言えるので)利きの数にカウントしています。

香、角、飛車の利きの数は状況によって変動があるので、次のような方法で大雑把に平均値を見積もります。

香の利きの数は、1~8マスの単純な平均値をとって、平均4.5マス((1+8)/2 = 4.5)とします。同じように、角と飛車の平均値をとると、角が平均8.5マス((1+16)/2 = 8.5)、飛車が平均9マス((2+16)/2 = 9)になります。

これらの平均値を使ってもう一度整理すると、

歩:1マス

香:4.5マス(平均)

桂:2マス

銀:5マス

金:6マス

角:8.5マス(平均)

飛:9マス(平均)

となります。

これらの数字と、谷川理論の駒の価値を比較すると、まあまあ悪くない感じです。「仮説1」では、香の価値が過大評価(3点→4.5マス)されていて、桂の価値が過小評価(4点→2マス)されているのは気になりますが、突拍子もない数字ではありません。角(8点→8.5マス)と飛車(10点→9マス)の数字が、谷川理論の駒の価値にかなり近いことには驚かされました。

さらに、「仮説1」は駒の価値の「順番」をかなりよく反映しています。利きの数(平均値)の順番は、歩<桂<香<銀<金<角<飛車、になります。桂と香の順番だけ逆になっていますが、それ以外はすべて谷川理論で正しいとされる駒の価値の順番を反映しています。

このように考えると、

仮説1:駒の価値(点数)は、利きの数と同じである。

は、正確性にやや欠ける部分はあるが、そんなに悪くはないと言えます。

理論と現実

とはいえ、このような単純な方法で駒の価値が簡単に理論化されていいのでしょうか?

そもそもこの「仮説1」自体が単純かつ大雑把ですが、上記の平均値の求め方にしても、かなり雑なやり方です。ただし、大雑把なやり方でそれなりに上手く行っている場合、(精度としては不十分かもしれませんが、)その仮説が何かしらの本質を捉えている可能性は高くなります。

理論化の意義の一つは本質を捉えることだと思います。逆に、本質を捉えているからこそ理論化ができるという側面もあります。

そして、理論化のもう一つの意義は実用性です。将棋の場合は、現実のさまざまな局面における駒の価値を適切に算出できることが重要です。

現実をよく反映しているほど優れた理論で、現実とかけ離れた理論は、理論と言うよりはただの机上の空論です。ただし、机上の空論と言っても、必ずしも頭から馬鹿にできるわけではなく、興味をそそられるような面白い理論(仮説)もあると思います。また、現実とかけ離れているのに説得力だけはある理論(仮説?理屈?)も存在するでしょう。しかし、現実とかけ離れた理論は、実用性という点では使い物になりません。

将棋の場合は、あまりにもおかしな駒の価値で局面を考えていると、形勢判断を大きく誤り、簡単に負けてしまうでしょう。すなわち、実戦という現実によって机上の空論は淘汰されるわけです。

今回の「仮説1」については、トップ棋士の経験と感覚に裏付けされた谷川理論と比較して、

どうして、香の価値が過大評価されたのか?

どうして、桂の価値が過小評価されたのか?

どうして、角がやや過大評価されたのか?

どうして、飛車がやや過小評価されたのか?

など、気になる点が多々あります。これらの疑問点については、次回以降の記事でじっくりと考えてみます。

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