前回、香の価値を確率的な平均値(期待値)として考えました。「確率」というのがポイントで、香の価値が状況によって変動することを示唆しています。実際に、駒の価値を利きの数の多さと考えると、盤上で1マスしか利きがない場合と、8マスも利きがある場合では、香の価値が大きく異なります。
駒の価値の研究シリーズ(No. 4)
前回:香の価値は2.75点?
次回:3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較
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香の価値と格言
「香は下段から打て」「下段の香に力あり」という将棋の格言は、下段の香の方が駒の価値が高いことを意味しています。仮説1「利きの数仮説」の観点から説明すると、下段の香の方が利きの数が多いから価値が高いということです。
また「歩切れの香は角以上」という格言もあります。歩切れの場合は、香筋(香の利き)を歩で止めることができないので、香を打った時の利きの数の期待値は格段に上がります。
「底歩には香打ち」「香を持ったら歩の裏を狙え」という格言も、香筋を歩で止められない状況を狙った香の活用法を教えています。
香筋を歩以外の駒で止めようとしても、桂や香ならまだしも、金や銀など価値の高い駒で止めると駒損になります。状況によっては、ただの駒損ではなく、いつでも取られる質駒としての駒損になりかねません。その分だけ、単なる金香交換や銀香交換よりも損している可能性があります。そう考えると、金銀よりも上の角ぐらいの価値があってもおかしくはないでしょう。
香筋を止められない場合は、最悪8マスの利きを許すことになります。利きの数としても、金の6マスや銀の5マスよりも上になる可能性があるわけです。
さらに、前に2マス以上の連続したマス目に利かせられる可能性のある駒は、飛車(龍)と香の2種類しかありません。状況によっては、この特性が決定的な役割を果たすこともあるでしょう。この点については、飛車も同じ事ができるので、飛車よりも香の価値が高いということにはなりませんが、角よりも役に立つ状況は十分に考えられます。
このように考えると、「歩切れの香は角以上」という格言は、決して単なる誇張ではないとわかります。
駒の価値の多面的な分析
駒の価値は「駒交換の損得」「利きの数」「利きの特性」など色々な視点から考えることができます。
ただし、「駒交換の損得」については、「そもそも交換した駒の価値が高いのか低いのか」という原点に戻ることになるので、単体としての駒の価値をあらかじめ考えておく必要があります。駒の価値の研究シリーズでは、スタート地点として、駒の価値を「利きの数」から考えています。
一方で、「利きの特性」については、「角ではダメで、香が必要」という状況もあるので、駒の価値の逆転がありえます。これも一種の駒の価値の変動です。
香の価値と確率分布
さて、これらの視点のうちで、今までの記事で議論してきた「利きの数」の話に戻りましょう。
香の価値の計算、すなわち「利きの数」の計算のために「確率」の概念を持ち出しましたが、確率的な物事を表現する方法として、確率分布という考え方があります。これは図にすると一目瞭然でわかりやすいので、説明はさておき、香の利きの数の確率分布の図を示します。
仮定1:香が二段目から九段目のどの段目にいるかは等確率(8分の1ずつ)。
仮定2:香の利きがどこで止められているかは等確率。(例えば、三段目の香は、二段目に合駒されると利きが1マス、合駒されないと利きが2マス。これらを等確率の2分の1とする。)
上記の2つの仮定については前回の記事「香の価値は2.75点?」を参照。
このグラフからわかるように、香の利きは1マスしかない確率が一番高く、利きのあるマス目の数が増えるにしたがって出現確率は低くなります。7マスや8マスなど、非常に利きが多い場合の確率は非常に小さいです。
1マスの34%と2マスの21%を加えると合計55%なので、香は半分以上の確率で1マスか2マスしか利きがないことになります。3マスまで加えると、約71%になります。香の利きは3マス以下の場合で7割を超えるということです。金や銀よりも価値が低いというのは納得できます。桂とはいい勝負でしょう。
一方で、6マスが5.4%、7マスが3.4%、8マスが1.6%なので、6マス以上の場合をすべて加えても確率は約10%です。このぐらいの低確率で、金や銀よりも価値が高くなる可能性があります。
盤上の香と持ち駒の香
将棋には持ち駒というルールがあります。持ち駒は盤面の空いてるマスならどこへ打ってもいいので、通常は利きがなるべく多くなるように、香は下段から打ちます。その点では「確率」ではなく、持ち駒の場合は「場所を自由に決めている」と考えることもできます。しかし、効果的な打ち場所が縦に狭い場合もあるので、利きの数だけを気にして好き勝手に香の打ち場所を決めればいい、というわけではありません。また、香を打った瞬間に歩を叩かれると、その瞬間の香の利きは1マスになります。
とはいえ、香という駒は「潜在的に」非常に価値の高い駒になる可能性があり、この特性は持ち駒というルールによって増幅されています。
逆に、ひとたび持ち駒の香を盤上に打ってしまうと、その香の価値をある程度決めてしまうことに繋がります。すると、持ち駒の香を今使った方がいいのか、もっと効果的に使えるタイミングを狙った方がいいのか、と悩むことになります。この悩みは香に限ったことではなく、どの駒についても共通しています。しかし、香は利きの数が1~8マスで幅広いので、とりわけその悩みは大きくなりそうです。
そこで参考となるのが期待値で、香を今打った方が得になるか、それとも温存しておいた方が得になるかの判断材料になります。期待値より利きの数が多ければ、「下段に打ってよく利いているから、すぐに駒得などに繋がらなくても香を据えておこうか」というような判断にも繋がるわけです。
さて、香の「利きの数」についての理解はそれなりに深まりました。しかし、「香のスピード」問題については未解決です。この点については、次回以降の記事で考えてみます。
駒の価値の研究シリーズ
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