「玉の守りは金銀三枚」は非常に有名で実用度の高い格言です。
将棋というゲームは最終的に玉を詰ますことを目的としているので、自玉が詰まないように玉を金銀で囲うことが重要です。この格言では、まず玉の囲いが重要であると説いていて、さらに金銀3枚がセオリーだと説いています。
代表的な囲いにおける端の桂香
将棋で最も代表的な囲いと言えば、矢倉、美濃、穴熊の3つの系統に属する囲いです。各系統の中で最も基本的な囲いとされるのが、矢倉系なら金矢倉、美濃系なら本美濃、穴熊なら金銀3枚の基本形、ということになります(図)。「玉の守りは金銀三枚」という長年のセオリーから、これら金銀3枚の囲いが基本形とされているのでしょう。
ところで、これらの囲いには「金銀3枚」という以外にも、もう一つの共通点があります。それは、桂香が囲いに加わっているという点です。仮に、桂香がなくなったとすると、ずいぶん囲いが弱くなります。すなわち、最もよく実戦に現れる優れた囲いというものは、桂香の守備力を上手く取り入れているわけです。この点で、「玉の守りは金銀三枚+桂香」は一つのセオリーである、と言ってもいいと思います。
端の桂香と「戦力」と「戦型」
さて、「玉の守りは金銀三枚」は「囲い」についての格言ですが、別の角度からは「戦力」についての格言であるともいえます。
将棋を「戦力」という視点で考えると、初期戦力として、玉1枚、飛車1枚、角1枚、金2枚、銀2枚、桂2枚、香2枚、歩9枚の合計20枚が両軍に与えられています。この初期戦力を効果的に運用するにあたって、「端の桂香を玉の囲いとして使う」というのは一つの戦略になります。その具体的な方法としては、玉を初期位置の5筋から端の方に寄せればいいことになります。
実際に、居飛車vs振り飛車の対抗型、相矢倉、相振り飛車などの戦型では、多くの場合、玉が序盤の早めの段階で中央の5筋からどちらかの端の方に移動することになります。
ところが、横歩取りや相掛かりでは、玉が5筋のままの中住まいで戦う場合が多いですし、そうでなくても、玉が中央付近の4筋や6筋で長く留まる場合が多くなります。また、相居飛車の角換わりの将棋では、棒銀や早繰り銀の可能性が残っている場合に、居玉のままで玉の移動を保留する指し方がよく見られます。
例えば、相掛かりの最序盤を考えると、初手の▲2六歩は、「飛車先を突いて2筋を攻めるので、後手陣の角側の桂香を、簡単に玉の囲いには使わせない。」という意思表示なわけです。後手は攻められそうな場所に玉を移動しづらいです。
これに対して、二手目の△8四歩は、「先手が2筋からの攻めを見せて、角側の桂香を玉の囲いに使いづらくするなら、こちらも飛車先を突いて8筋を攻める形を見せて、先手陣の角側の桂香を玉の囲いに使いづらくする。」という駆け引きであると考えることもできます。というのは、後手に△8四歩と突かれると、先手も攻められるとわかっている左辺(角側)に玉を囲いづらいからです。
さらに、三手目に▲2五歩とすると、戦型はほぼ相掛かりに決まります。端の桂香を玉の囲いには使いづらい戦型です。すなわち、「角側の桂香を玉の囲いに使いづらくする」という互いの主張は通ったことになります。何気ない相掛かりの序盤の出だしですが、「玉の囲いに端の桂香を使えるかどうか」という戦略をめぐって、駆け引きがあると考えることができます。
ちなみに、仮に先手が三手目に▲7六歩を選んだとしても、後手が四手目に△8五歩を選べば角換わりが濃厚、四手目が△3四歩なら横歩取りが濃厚で、いずれにしても先手としては玉を左辺(角側)に囲いづらい形が残ります。
玉の位置と端の桂香の関係
このように、「端の桂香を玉の囲いとして使えるかどうか」が、戦型を分けてしまうほどの重要な戦略の分岐点だと考えると、端の桂香と玉の関係性について、細かく考えてみる価値はあります。
いったい玉がどの位置にいると、端の桂香が玉の囲いとして働くと考えることができるのでしょうか?
玉が9筋(1筋)の穴熊、8筋(2筋)の矢倉、美濃において、桂香が玉の守りに働いているのは明らかです。
玉が7筋(3筋)の場合
玉が7筋(3筋)の場合はどうでしょうか?
玉が7筋(3筋)の有名な囲いをいくつか見てみましょう。囲いの紹介のページに書いたものを取り上げます。
まず、桂馬は急所の玉頭に利いていて、間違いなく守りによく働いています。また、片矢倉、金無双では、桂の存在がマス目を埋めているのも大きく、一段飛車+△8九銀(片矢倉)、一段飛車+△2九銀(金無双)などの筋を防いでいます(金無双の場合は、壁銀と一緒に壁を作っているとも言えますが・・・)。桂の端の利きが、端攻めからの守りになっていることも見逃せないでしょう。
次に香車ですが、香がなければ端が弱すぎます。特に、三手囲いAでは、端香がない形は非常に危険です。他の囲いでも、端香がなければ端攻めが容易になります。玉が7筋(3筋)なので、成り駒を9筋(1筋)に作られる形が厳しく、簡単に挟撃形を築かれてしまいそうです。というわけで、7筋の玉でも端の桂香は玉の守りによく働いていると考えるべきでしょう。
玉が6筋(4筋)の場合
玉が6筋(4筋)の場合はどうでしょうか?
玉が6筋(4筋)の有名な囲いもいくつか見てみましょう。
6筋(4筋)に玉がいると、桂馬は7七(3七)の地点に利きがあるので、玉のこびんに利いているか(玉が二段目の場合)、または相手の桂で王手をされる地点に利いている(玉が一段目の場合)ことになります。どちらにしても、桂は玉の守りに働いています。
カニ囲い、雁木、中原囲いでは7八の金が守りの急所の駒となりますが、桂はその7八金をよく守っています。桂の利きが金頭に利いているので△7七歩に▲同桂と取れますし、桂がマス目を埋めているので△8九銀の筋も消しています。
また、右玉Aなど桂が跳ねている形では、桂のいる3七の地点(玉のこびん)が弱点になっているものの、桂が急所である玉頭の4筋の守りに利いているメリットは見逃せません。
しかし、桂の端の利き(9七あるいは1七)の方は、玉の囲いへの貢献が小さいです。もちろん端の守りには利いているのですが、玉が6筋(4筋)で端から遠いので、「玉の守り」というよりは「自陣の守り」という意味合いが強いです。
また、カニ囲いや雁木では、△8八歩と桂頭に打たれる筋がよく出てくるので、桂は狙われやすい弱点でもあります。他にも、△9八歩▲同香△9九飛など、桂が狙われる筋は色々とあります。
結局、6筋(4筋)の玉に対する桂の関係は、「玉の守りにそれなりに働いているが、桂の2つある利きのうちの1つだけがメインで、桂頭の弱点を狙われることもある」となるので、桂の半分ぐらいが守りに働いているという感じです。
次に、香車の方はどうでしょうか?
香は端にしか利きがないので、玉からはやや遠いという印象です。6筋(4筋)の玉に対して、端の香が囲いを構成しているのかと考えると疑問が残ります。桂の端の利きと同じように、玉を守っているというよりは、自陣を守っているという意味合いが強くなるからです。
玉の囲いと端の桂香の関係のまとめ
以上の考察から、桂香が玉の囲いとして文句なく十分に働いていると言えるのは、玉が7~9筋(振り飛車の場合は1~3筋)にいる場合と考えてよいのではないでしょうか。
まとめると、
①最も代表的な矢倉、美濃、穴熊では、金銀だけでなく端の桂香も囲いを構成します。
②端の桂香を玉の囲いとして使えるかどうかは、戦型を分けてしまうほどの重要な戦略の分岐点です。
③端の桂香を囲いの駒として十分に働かせるためには、玉が7~9筋(1~3筋)にいる必要があります。