将棋の格言「桂先の銀、定跡なり」の分析:3つの関係性

「桂先の銀、定跡なり」という格言があります。「桂先の銀」とは図1のように、相手の桂の頭に銀がある形のことです。盤上の銀が桂頭に移動することもあれば、持ち駒の銀を桂頭に打つこともあり、どちらも実戦でよく現れます。

図1.桂先の銀

「桂先の銀」の効果は主に2つあります。一つは「相手の桂の2マスの利きを、銀の斜め後ろの2マスの利きがカバーしている」ことです。もう一つは、「銀によって桂取りになっている」ことです。これらの2つの効果によって、相手の桂頭に銀がある形が受けの好形とされています。

例えば、相手の桂で攻められている時に、その桂の利きがあるマス目を守ることは「数の受け」の考え方からすると理にかなっています。その点で「桂頭の銀」は桂の2マスの利きを同時に銀で守っています。さらに、桂取りになっているので、相手の攻めを急がせることができる、いわゆる強い受けです。

これらの2つの効果を、「桂先の銀」に限定しないで一般化してみましょう。

すると、相手のある駒(「桂先の銀」の場合は桂)に働きかける要素として、

①その駒を「取り」にする。

②その駒の利きがあるマス目に味方の駒を利かす。

という二種類のアプローチがあることがわかります。

①その駒を「取り」にする、というのは図2のような状況です。右上図では、後手の△2一桂に対して、先手の▲2二歩が「取り」をかけています。同様に、左上図では、△8二飛に対して、▲9一角が「取り」をかけています。また、左下図では、先手の▲8八角が、後手の△8七銀に「取り」をかけられています。最後に、右下図では、▲1九玉が△2七桂に「取り」をかけられていますが、言うまでもなく、玉に対する「取り」は「王手」です。

相手の駒を「取り」にするのは攻めの基本です。一方で、相手の駒を「取り」にするような受けは「強い受け」と呼ばれて、相手の攻めを急がせたり、駒得を狙ったりする積極的な受けになります。

図2.①「取り」にする図3.③味方の駒を利かす

次に、②その駒の利きがあるマス目に味方の駒を利かす、というのはどんな状況でしょうか。図3を見てもらうと、右上図では、△2一桂の3三の利きがある地点に、先手の▲3四歩が利いています。図2と図3の右上図を比較すると、①と②の違いがよくわかります。

図3の左上図では、△8二飛の8三と7二の利きの両方に、▲6一角の利きが通っているので、△8二飛は縦にも横にも動けません。左下図では、△7六銀の利きがあるので、8八の角は▲7七角と上がると銀に取られてしまいます。右下図の先手玉は、△3六桂が利いているので、2八の地点に逃げることができません。

①と②の違いについては、わかってもらえたと思います。この違いは、「駒の存在」と「駒の利き」の違いと言い換えることもできます。すなわち、「相手の駒が存在するマス目」「相手の駒の利きがあるマス目」は違うということで、前者に働きかけるのが①のアプローチで、後者に働きかけるのが②のアプローチというわけです。

「桂先の銀」では、①と②を両方とも満たしていますが、もう一つ大事な関係性があります。それは、「桂で銀が取られない」ということです。一般的に言うと、「③働きかける味方の駒がその駒で取られない」ということです。

①と③を同時に満たすと、相手の駒を一方的に取ることができます。「桂先の銀」の例で言えば、銀は桂を取れますが、桂は銀を取れません。「銀と桂の2駒の力関係で、銀が桂に勝っている」という見方もできます。さらに②も満たしている場合(つまり①と②と③を同時に満たしている場合)は、駒を逃がすこともできません。図1で後手の桂が5七や7七に逃げようとしても、銀が利いているので取られてしまいます。

まとめると、「桂先の銀、定跡なり」という格言の有効性は、

①銀が桂を「取り」にする。

②桂の利きに銀を利かす。

③銀が桂で取られない。

という3つの関係性で成り立っています。このように考えると、たしかに「桂先の銀」が受けの好形であると納得できそうです。実戦で頻繁に現れるのには、それなりの理由があるということです。

トップ棋士の渡辺明さんは、著書で次のように表現しています。

桂先の銀はマウントポジションなんです。部分的な力関係は圧倒的に銀が有利。(『渡辺明の思考』、p. 178)

ところで、桂に対して①~③の関係性をすべて満たせる駒が他にもあります。玉、龍、飛車、馬です。「玉」は銀の利きをすべて持っているので当然ですし、さらに利きが多くて強力な成り駒である「龍」と「馬」については言うまでもありません。しかし、「飛車」については少々気になる点があります。

図4.①~③を満たす飛車

図4の6七の飛車は、6五の桂に対して、①~③をすべて満たしています。図4だけを見れば、飛車が桂に対して一方的に強い関係であることがわかります。その意味では、「桂先の銀」と同じです。それならば、「桂先の銀」と同じように受けの好形と認識してよいのでしょうか?

もし、後手が歩を1枚でも持っていたら、すぐに飛車の頭に歩を叩かれて、①~③の関係性のいずれかが失われることになります(図5)。

図5.叩きの歩

△6六歩▲同飛なら②の関係性が失われるので、△5七桂成や△7七桂成で逃げられてしまいます。

△6六歩に▲8七飛など飛車が横に逃げる手では、①の関係性が失われるので、次に飛車で桂を取ることができません。

△6六歩に▲6八飛や▲6九飛で下に逃げなければならない状況では、①と②の両方の関係性が失われます。

△6六歩に、まさか▲5七飛や▲7七飛とは逃げないでしょうが、③の関係性が失われるので、△同桂成で飛車が桂に取られてしまいます。

というわけで、「桂先の銀」とは違って、飛車では歩を叩かれる筋が気になります。

もう一つ別の観点から考えると、飛車は桂の相手をするには駒の価値が高すぎます。例えば、桂の受けのためだけに、持ち駒の飛車を使う展開はつまらないです。その点で、銀なら桂と比べてそれほど駒の価値は変わりません。それでいて、桂に対して「桂先の銀」の形は一方的に強いのです。駒の損得(コストパフォーマンス)の観点でも「桂先の銀」は理にかなっています。

これは、桂が質駒になる場合でも大きな意味を持ちます。実戦で「桂先の銀」に対して、取られそうな桂を歩で支えるという形は頻繁に現れます(図6)。この形では、いつでも質駒の桂を入手することができます。銀桂交換でやや駒損になってしまいますが、銀と桂ならそれほど駒の価値は変わりません。もし銀の代わりに飛車なら、飛桂交換でかなりの駒損になるので、質駒の桂を手に入れるハードルが高くなります。

図6.桂を歩で支える

さて、今まで「桂先の銀」について考えてきましたが、いくつかの重要な視点を得ることができました。そのうちの一つは、①~③の関係性で考えるということです。「桂先の銀」に限定しないで一般化して、もう一度まとめると次のようになります。

①その駒を「取り」にする。

②その駒の利きがあるマス目に味方の駒を利かす。

③働きかける味方の駒がその駒で取られない。

このような視点から、「他の駒と駒の関係性」や「他の格言」を分析しても面白いです。例えば、「大駒は近づけて受けよ」の格言では、受け方としては①が、攻め方としては③が重要なポイントになります。このような例は色々とあるので、また別の記事として書いてみたいと思います。