将棋の駒の価値のスピード仮説と仮想駒「跳」

駒の価値の研究シリーズの第2回目です。前回、歩と銀と金の価値は上手く説明できましたが、桂の価値が過小評価されてしまいました。この問題を解決するために、新たな仮説を考えたいと思います。妙な方向に脱線気味。

駒の価値の研究シリーズ(No.2)
前回:将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート
次回:香の価値は2.75点?

目次

駒の価値の「利きの数仮説」と谷川理論

駒の価値の「スピード仮説」

仮想駒「跳」の駒の価値

  ・駒の価値の比較:「歩」vs「跳」

  ・駒の価値の比較:「香」vs「跳」

  ・駒の価値の比較:「桂」vs「跳」

仮想駒「跳」の価値のまとめと「スピード仮説」


駒の価値の「利きの数仮説」と谷川理論

前回の「仮説1」をおさらいします。

仮説1:駒の価値(点数)は、利きの数と同じである。

仮説1による駒の価値は、

歩1点、香4.5点、桂2点、銀5点、金6点、角8.5点、飛9点

となります。ただし、飛び駒(香、角、飛車)については、利きの数の平均値をかなり大雑把なやり方で求めています。

この仮説は、「駒の価値=利きの数」という考え方なので、「利きの数仮説」と呼ぶことにします。

一方で、谷川理論による駒の価値は、

歩1点、香3点、桂4点、銀5点、金6点、角8点、飛10点

になりますが、この点数は駒の価値の真実にかなり近いと考えられます。

仮説1では桂の価値を2点と評価しており、この点数は谷川理論による4点の半分に過ぎないので、桂の価値をかなり過小評価しています。

そもそも仮説1は、「谷川理論における歩1点、銀5点、金6点の3種類の駒の価値が上手く説明できる」ということから着想を得た仮説でした。これら3種類の駒の共通点は、1マスしか進めないということです。

一方で、桂は一手で2マス進める駒で、足の速い駒と言われます。仮説1では、駒の足の速さ(スピード)は考慮されていないので、それが原因で桂の価値を過小評価してしまった可能性があります。


駒の価値のスピード仮説

そこで、次の仮説2、すなわち「駒の価値のスピード仮説」を新たに考えます。

仮説2:駒の価値は、駒のスピードに比例する。

仮説2は、仮説1と組み合わせて考えることができます。つまり、仮説2は仮説1を否定するものではなく、仮説1を拡張(あるいは修正)するための仮説として仮説2があるわけです。仮説1と仮説2を組み合わせたものを仮説3とすると、

仮説3:駒の価値は、(利きの数)×(駒のスピード)である。

となります。この仮説3によると、桂は利きの数が2マスで、駒のスピードは一手で2マス進めるので、

桂の価値 = 2×2 = 4点

となり、谷川理論による駒の価値と一致します。また、歩、銀、金の3種類の駒は、駒のスピードが一手で1マスなので、仮説1による駒の価値と同じです。すなわち、仮説3でも歩1点、銀5点、金6点のままです。

従って、仮説3は、飛び駒の3種類(香、角、飛)を除いて、残りの4種類(歩、桂、銀、金)の駒の価値を正しく説明することができます。

それでは、飛び駒(香、角、飛)はどうなるのか?

という疑問は当然浮かぶわけですが、その前に仮説3の妥当性を確かめるための少し変わった方法を考えてみます。


仮想駒「跳」の駒の価値

その方法とは、次のような考察からの仮説3の検証です。

2つ前のマス目にしか進むことができない“仮想的な”駒の価値は、1×2=2点が妥当だろうか?

仮に、この仮想駒の名前を「跳(跳兵)」とします。「歩(歩兵)」は歩くので1マスですが、「跳」は跳ねるので2マスということにします。注意点として、「跳」は前に2マス一気に進めますが、1マスだけ前に進むことはできません。(図1)

仮想駒「跳」の利き

もちろん、実際の将棋に「跳」のような動きをする駒は存在しません。しかし、このような想像上の駒を考えてみるのも面白い視点です。

果たして、この「跳」の価値は2点ぐらいはあるのでしょうか?


駒の価値の比較:「歩」vs「跳」

まずは、「歩」と「跳」を比較します。「歩」は将棋で最も価値の低い駒で、谷川理論による駒の価値は1点です。

同じ筋での「歩vs跳」を想定すると、2マスの距離(図2の2筋)では「跳」が「歩」を一方的に当たり(取り)にできるので有利です。しかし、1マスの距離(図2の5筋)までもぐり込まれると、今度は「歩」が「跳」を一方的に当たりにできます。3マスの距離(図2の8筋)で向かい合った「歩」と「跳」は膠着状態になります。このように考えると、「歩」と「跳」は互角のようにも思えます。

同じ筋での歩vs跳

しかし、「跳」の方が駒のスピードが速いので、それが生きるような状況も十分に考えられます。図3から▲5五跳△5四歩▲5三跳成のような場合です。

跳の優位性

この場合の「跳」は、「歩」に1マスの距離までもぐり込まれる前に、2マスの距離で先に「歩」を当たりにしています。さらに、桂のように「歩」よりも早く敵陣に到達できます。駒のスピードが速いという性質は、攻めの場合に真価をを発揮しやすいです。

もう一つ別の観点からも「歩」と「跳」を比較できます。

「歩」は玉、馬、金、銀に対して一方的に当たりにすることはできません。しかし、「跳」は桂のように、玉、馬、金、銀を一方的に当たりにすることができます(図4)。この点では、「歩」に対する「跳」の明確な優位性があります。

跳の明確な優位性

一方的に当たり(取り)にできる駒の比較

「歩」の場合:(跳)、桂、角

「跳」の場合:歩、桂、、角、

これらの観点から「歩」よりも「跳」の価値の方が高いと言えます。

従って、「跳」には「歩」の1点よりも大きな価値をつけるべきでしょう。そして、「跳」の価値は1手で2マス進めるスピードに由来していることに注目すべきです。

歩(1点)< 跳


駒の価値の比較:「香」vs「跳」

次に、「香」と「跳」の比較です。「香」の谷川理論による駒の価値は3点です。

同じ筋での「香vs跳」は、距離が2マスの場合以外のほとんどで「香」に軍配が上がります。1マスの距離に「香」がもぐり込んでいる場合以外では、「跳」は「香」の利きから逃げることも不可能です。

利きの数を比較すると、「跳」はたったの1マスであるのに対して、「香」は最小1マスから最大8マスまで利きがあります。この点でも「香」の方が優れています。

「跳」の唯一のメリットは、「香」とは異なり合駒が利かないことです。この点で「跳」は桂と似ています。ただし、合駒の効果の一つである「利きの数を減らす」については「跳」は関係ありません。もともと1マスしか利きがないので、合駒が利かなかったところで、やはり1マスしか利きがないわけです。一方で、「香」は合駒されても、合駒のあるマス目には利きが届いているので、少なくとも1マス以上の利きはキープしています。このような観点から、合駒が利かないことを過大評価しない方がよさそうです。

また、大駒とのコンビネーションを考えると、「跳」は角との相性がよさそうです。角と桂のコンビネーションのような手筋を、角と「跳」でも実現できそうです(図5)。図5は▲7四跳とした局面で、7二の金を狙っています。5五角の利きがあるので△7四同歩と取ることができません。

角と跳のコンビネーション

とはいえ、「香」は飛車との相性がよいので、「香」と「跳」の価値の比較において、大駒とのコンビネーションの差が決定的であるとは思えません。

これらを総合すると、「香」の方が「跳」よりも駒の価値が高いと言えます。

跳 < 香(3点)

この結果を、先ほどの「歩vs跳」の考察の結果と合わせます。

歩(1点)< 跳 < 香(3点)

上記の駒の価値の順番だとすると、仮想駒「跳」の価値は2点に近いと考えてもよさそうです。従って、仮説3は「跳」についても、それなりの妥当性があると考えられます。ただし、「跳」の点数が、歩(1点)に近いか香(3点)に近いかについては議論の余地があります。

「香」と「跳」では、多くの場合で「香」の方が強力な駒です。しかし、合駒が利かない「跳」の方が役立つ場合もあります。このような関係性は、駒の価値としては1点差である「銀と桂の関係性」に似ています。

銀と桂の場合も、1対1の関係性では銀が圧倒的に強いです。(参考記事:将棋の格言「桂先の銀、定跡なり」の分析:3つの関係性

そして、もちろん銀の方が役に立つ場合も多いですが、桂の方が役に立つ場合も少なくないです。

このような銀と桂の駒の価値が1点差であることを参考にして、「香」と「跳」の価値もおおよそ1点差ぐらいと考えてもよいのではないでしょうか。


駒の価値の比較:「桂」vs「跳」

「跳」と「桂」を比較すると、駒のスピードは一手で2マスで同等ですが、利きが2マスある桂の方が明らかに駒の価値が高そうです。例えば、「跳」は両取りができませんが、「桂」は両取りができます。すると、「跳」には「桂」の4点よりも小さな価値をつけるのが妥当です。

跳 < 桂(4点)

さらに、駒のスピードは同じで、「桂」は利きの数が2倍なので、「跳」の価値は「桂」の2分の1ぐらい(2点ぐらい)と考えることもできます。


仮想駒「跳」の価値のまとめと「スピード仮説」

以上の議論から、仮想駒「跳」の価値について、

歩(1点)< 跳 < 香(3点)< 桂(4点)

の大小関係になります。やや大雑把ですが、「跳」の価値はおおよそ2点ぐらいと考えても、それなりの妥当性があります。

従って、仮説3は「跳」の価値についても適用できることがわかりました。

今回の記事では、考察のための仮想駒として「跳(跳兵)」を採用しました。

他にも、

・射程2マスの香のような利きを持つ仮想駒

・前に3マスの地点だけに利きがある仮想駒

・桂と似た動きで、前に3マス、左右に1マスの地点に2つ利きがある仮想駒

など色々な仮想駒が考えられます。「跳」は歩の価値と比較しやすく、桂の価値とも比較しやすいので、仮説3の検証のためには最も適当な仮想駒といえるのではないでしょうか。

さて、仮説3を再掲します。

仮説3:駒の価値は、(利きの数)×(駒のスピード)である。

この仮説3は、「歩」、「桂」、「銀」、「金」の4種類の駒、そして仮想駒「跳」についても適用できる仮説ということがわかりました。しかし、一方で、飛び駒(香、角、飛)をどのように評価するかという問題点が残っています。この点については、次回以降の記事で取り上げる予定です。

駒の価値の研究シリーズ
前回:将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート
次回:香の価値は2.75点?