敗因の分析シリーズ、今回のテーマは「序盤の作戦負け」です。本シリーズでは、敗因の整理と分類、パターン化などを主眼としています。
作戦負けとは?
本格的な仕掛けが始まる前に、駒組みの段階で形勢が悪くなることを「作戦負け」と言います。作戦負けが敗因に繋がることは多いです。
一局の将棋を序盤、中盤、終盤のステージで分類すると、作戦負けは「序盤」に原因があります。ただし、作戦負けが明らかになるのは、序盤から中盤への入り口あたりであることが多いです。例えば、中盤の入り口で仕掛けの瞬間に、既に形勢に差がついていることがありますが、このような場合は、序盤の駒組みに問題があったと考えることができます。
通常、作戦負けという場合は、駒の損得はほとんどありません。駒の損得があったとしても、せいぜい1歩か2歩ぐらいまでの差です。それ以上の駒の損得がある場合は、「作戦負け」というよりは、むしろ「駒損」が原因で不利になったと考えた方が適切です。「駒の損得はない段階で形勢に差がついている」というのが作戦負けの大きな特徴です。
作戦負けと形勢判断の4要素
形勢判断の4要素は、①駒の損得、②玉の堅さ、③駒の働き、④手番です。作戦負けの場合は、「①駒の損得」が原因ではありません。また、本格的に駒と駒がぶつかる前の序盤なので、「④手番」の価値もそれほど高くありません。(ただし、プロレベルの厳密な序盤作戦では、手番を持っているかどうかの一手の違いで「作戦勝ち」と「作戦負け」の明暗が分かれる場合も多いでしょう。)
作戦負けの場合は、「②玉の堅さ」と「③駒の働き」の2つが主な判断項目になります。「②玉の堅さ」で負け、「③駒の働き」でも負けている状況で本格的な仕掛けが始まったら、まず作戦負けと考えていいと思います。②と③のどちらか一方は勝り、もう一方は負けている場合の判断は難しいです。
作戦負けかどうかを判断するもう一つの方法は定跡形との比較です。序盤なので、定跡書の局面と似ている局面が実戦で出現することは多いです。このような場合、定跡書で互角とされている局面と比較して、「②玉の堅さ」や「③駒の働き」で劣っている場合は、大なり小なり作戦負けとなっている可能性が濃厚です。
不利の度合い
作戦負けはどのくらい不利なのでしょうか?
不利の度合いは幅広いです。作戦負けから一気に攻められて、そのまま潰されてしまう場合もあるでしょう。優劣ははっきりついていなくて、「指しにくい」という程度の場合もあるでしょう。
しかし注目すべきは、作戦負けの段階ではまだ「①駒の損得」はないということです。それに加えて、序盤ですので、本格的な戦いはまだまだこれからです。その意味で、「序盤で作戦負けをしても中盤や終盤で十分に挽回が可能」と考えた方が将棋が面白くなると思います。
対策と勉強法
作戦負けを少なくするための対策として、定跡形については定跡書で勉強するのが一番手っ取り早いです。
定跡形から外れた力戦形でも、幅広く定跡を勉強していると、未知の局面での対応力は上がります。ただし、力戦では丸暗記というわけにはいかないので、経験や読みの力などの将棋の地力が試されます。
最後に、「作戦負けをゼロにすることはできない」と開き直ってしまうのも一つの手です。この場合、作戦負けになっても仕方ないと考えて、中終盤で挽回するためのテクニックを磨きましょう。
作戦負けの実戦例
具体的な図面があった方がわかりやすいので、じゅげむの実戦から作戦負けの実例を見てみます。
図1は三間飛車vs居飛車急戦の実戦で、後手の居飛車をじゅげむが持っています。不慣れな対三間飛車急戦で序盤の勉強不足が露呈してしまいました。
普段、振り飛車側で、しかもノーマル四間飛車を指すことが多いじゅげむです。先手のノーマル三間飛車に対して、特に決まった対策はなかったのですが、「四間飛車との類推で」さらに「振り飛車側で指している時の経験を生かして」何となく行けるのではないかという甘い見通しで序盤を進めた結果、簡単に作戦負けに陥りました。
おそらく、図1の局面で既に、居飛車は作戦負け気味になっているのではないでしょうか。
その根拠の一つとして、『羽生の頭脳第3巻(文庫版の第2巻、p. 72)』によると、そもそも「先手三間飛車に対する急戦策自体が大変」というニュアンスで述べられています。参考図1は、図1と比べて▲3六歩と△4二金直の交換がない形ですが、羽生の頭脳に掲載されています(p. 71)。それによると、参考図1では既に居飛車の仕掛けが難しくなっているので、作戦負けが濃厚と考えられます。「作戦負け」(あるいは「作戦勝ち」)の判断方法の一つは定跡形との比較ですが、実戦の図1と参考図1を比較すると、図1でも作戦負けの可能性が十分に高いことが予想されます。
図1から数手進んだ図2では、後手は△5五歩や△6五歩からの仕掛けを断念して△6三銀と陣形を整備しています。先手に▲3七桂型の高美濃まで作られてしまっていては、急戦を狙っていた後手としては不満です。さらに、図2から持久戦調になった場合の陣形の発展性も先手の方が優っています。
しかし、作戦負け気味とはいえ、駒の損得はないですし、まだまだ挽回のチャンスはあります。やる気をなくすには早すぎる局面です。実際に、本局では中盤で盛り返して、終盤の入り口あたりではかなり難しくなったと思います。
図3は終盤の入り口あたりですが、形勢は簡単ではないと思います。将棋は序盤、中盤、終盤とありますので、序盤で作戦負けになっても悲観しないことが大事です。むしろ、逆転の可能性を模索することを楽しみましょう。
「作戦負けとはどのようなものなのか」「どのように作戦負けかどうかを判断しているのか」を少しでもわかっていただけたでしょうか?
敗因を分析することは、同じ敗因で負けることの回避に繋がります。特に序盤の場合は、全く同じ局面になる可能性も少なくないので、作戦負けの原因を分析して対策を練ることは効果的だと思います。プロの世界で序盤研究が盛んに行われているのも、特にプロレベルになると、作戦負けが勝敗に直結するという認識からでしょう。
プロのようには勝敗にこだわらないにしても、序盤作戦を考えることはなかなか面白いです。また、定跡書などで序盤を勉強することも面白く、それが上手く勝ちに繋がるとますます面白くなります。将棋の楽しさを増やすために、「作戦勝ち」「作戦負け」という視点で将棋を観てみるのも面白いのではないでしょうか。