名人戦第6局▲稲葉陽八段 vs △佐藤天彦名人の感想と将棋ソフト「技巧」による棋譜解析

名人戦第6局(感想戦での佐藤天彦名人と稲葉陽八段)https://mainichi.jp/articles/20170607/ddm/041/040/151000c

名人戦第6局▲稲葉陽八段 vs △佐藤天彦名人戦の感想と、将棋ソフト「技巧」による棋譜解析です。序盤、中盤、終盤のポイントの局面を振り返っています。

第5局まで佐藤天彦名人から見て3勝2敗で、初の名人戦防衛に王手がかかっています。稲葉陽八段にとっては、初タイトル獲得のために絶対に落とせない将棋です。

本局は序中盤が非常に濃密な将棋となりました。

構想力が問われる展開で、互いの力をぶつけ合う名人戦らしい一局だったと思います。

<ニコニコ生放送(7日間限定でタイムシフト視聴あり)>
名人戦 第6局 初日:https://live.nicovideo.jp/watch/lv297951081
名人戦 第6局 2日目:https://live.nicovideo.jp/watch/lv297951473


理想を現実にする力(佐藤天彦)

名人戦:▲稲葉陽八段 vs △佐藤天彦名人の序盤戦

戦型は相掛かりの最新形となる

名人戦第6局の棋譜解析(序盤)

戦型は相掛かりの最新形です。相掛かりは先手と後手の両方の同意がないと成立しない戦法なので、稲葉陽八段も佐藤天彦名人も自信があったのだと思います。

図1のように飛車先の歩交換を保留するのが最近のトレンドです。将棋ソフトの影響で流行している指し方で、歩交換の一手を後回しにして別の所に使おうという狙いです。「後回しできる手は後回しにする」というのが現代将棋の一つの思想になっています。

まだ最序盤なので、評価値としては互角の範囲で推移しています。

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(相掛かりの最新形)

構想力が問われる序盤戦でゆっくりとした進行

名人戦第6局の棋譜解析(序盤2)

相掛かりは定跡があまり整備されていないので、力将棋になりやすいという特徴があります。ましてや前例のない最新形となると、序盤の駒組みに細心の注意を払う必要があります。

名人戦は2日制のタイトル戦ですが、1日目は30手目△7四歩までしか進みませんでした。まだ戦いが始まっていない序盤の駒組みの段階で、持ち時間の半分近くを消費していることになります。遅々ととしてなかなか局面が進まず、非常にゆっくりとした進行です。

稲葉陽八段の31手目▲3六歩(図2)が封じ手です。先後でよく似た形をしていますが、先手は飛車先の歩交換が主張で、後手は歩交換の一手を別のところに回しているので手得になっています。

将棋ソフト「技巧」の評価値は、ほぼ互角の範囲内で推移しています。

形勢にはっきりと差がつかないように、互いに時間をかけて注意深く序盤の駒組みを進めていることが分かります。しかし、おそらくこの辺りの序盤構想で、評価値だけでは見えない差がついてしまったと思います。

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(封じ手は▲3六歩)

名人戦:▲稲葉陽八段 vs △佐藤天彦名人の中盤戦

中住まい vs 菊水矢倉:序盤構想の優劣の結果が現れる

名人戦第6局の棋譜解析(序盤・中盤)

序盤から中盤にかけての構想が非常に難しい将棋で、将棋ソフト「技巧」の推奨手と両対局者の指し手が一致しない手も多くなっています。しかし、佐藤天彦名人の方が、ソフトとの指し手の一致率がやや高いです。

52手目△3三桂(図3)は駒組みが一段落した局面です。

図3を眺めてみると、先手の稲葉陽八段は中住まい、後手の佐藤天彦名人は菊水矢倉の布陣となっています。後手の菊水矢倉の囲いの方が堅いので、佐藤天彦名人がややポイントを上げているように見えます。

先手の中住まいは、全体的に右玉の駒組みに似ています。▲5八玉型の代わりに▲3八玉型でも違和感のない陣形です。バランスは良いのですが、角交換をしているわけでもないので、玉の薄さや戦場からの近さの方が気になります。

図3付近の技巧の評価値は-200ぐらいとなっており、後手の佐藤天彦名人がやや作戦勝ちになっていると思われます。序盤の構想では、名人が挑戦者を上回ったと言ってよいでしょう。

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(中住まいと菊水矢倉)

本格的な開戦:桂馬が乱舞する中盤戦

名人戦第6局の棋譜解析(中盤)

61手目▲7五歩(図4)から本格的な開戦です。

以下△6二桂▲6五桂打と進み、その後の▲7六桂などもあり、桂馬の使い方が非常に巧みな中盤戦です。ちなみに、△6二桂以降は、将棋ソフト「技巧」の推奨手順と実戦手順が全く同じです。将棋ソフトもこれらの桂馬遣いを読んでいました。

評価値は-100~200ぐらいを推移しており、後手の佐藤天彦名人がやや指しやすいぐらいの形勢です。しかし、先手玉の方が薄くて戦場に近いために、稲葉陽八段の方が神経を使う展開だと思います。

序盤の進行が非常にゆっくりで、互いの持ち時間が少ないことも考慮すると、評価値以上の差がついていると思われます。盤面の純粋な形勢以上に、先手が勝ちづらい展開です。

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(本格的な開戦)

中盤戦のポイントの局面:稲葉陽八段に疑問手

名人戦第6局の棋譜解析(中盤2)

70手目△6四同歩(図5)の局面が、本局で優劣を大きく分けたポイントの一つ目です。

図5での稲葉陽八段の▲7四歩が、将棋ソフト「技巧」によると疑問手で、評価値が-41(互角)から-462(後手はっきり優勢)まで一気に下がっています。

図5からの技巧の推奨手順は、▲5三銀△6五歩▲4二銀成△同金引▲6一角△7三飛▲6五銀(評価値-49)で、この手順ならほぼ互角でした。

実は、本局で稲葉陽八段の疑問手は2つだけです。たった2つの疑問手で、ほぼ互角からはっきり劣勢に、そして劣勢から敗勢に陥ってしまいました。

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(ポイントの局面1)

たった2つの疑問手で敗勢となる

名人戦第6局の棋譜解析(中盤・終盤)

80手目△6二桂(図6)の局面で、稲葉陽八段に2つ目の疑問手が出てしまいます。

図6での▲6六歩がその疑問手です。代わりに、将棋ソフト「技巧」の推奨手である▲5五歩なら、苦しいながらも粘れたかもしれません。

図6からの技巧の推奨手順は、▲5五歩△6三桂▲6四銀△7五歩▲同銀引△同桂▲同銀△6五桂(評価値-789)です。

これ以降は勝負所がなかったので、▲6六歩が敗着になってしまいました。

それにしても、たった1手で評価値が500近くも下がる(-590から-1039)というのは、稲葉陽八段にとっては非常に厳しい結果です。

先手玉の近くのやり取りなので、評価値がシビアに動いたのだと思います。つまり、序盤構想の失敗が中盤以降に影響してしまったということです。序盤の評価値だけでは見えづらい差がついており、疑問手によって一気に表面化したように見えます。

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(ポイントの局面2)

名人戦:▲稲葉陽八段 vs △佐藤天彦名人の終盤戦

稲葉陽八段の端攻めの勝負手は不発

名人戦第6局の棋譜解析(終盤)

先手の稲葉陽八段はすでに敗勢ですが、紛れを求めて勝負手を放ちます。

それが図7からの端攻めで、後手玉に嫌味をつけようとします。しかし、図8まで進んで、結局▲1三角成の攻めは実現せず、勝負手は不発に終わってしまいます。

将棋ソフト「技巧」の評価値は-1000以下で安定しており、佐藤天彦名人が丁寧に対応して、逆転のチャンスを与えていないことが分かります。

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(勝負手の端攻め)

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(勝負手は不発)

佐藤天彦名人が勝ち名人位を初防衛

名人戦第6局の棋譜解析(終盤2)

最後は佐藤天彦名人が危なげなく勝ち切りました。図9が投了図です。

投了図では、後手玉が手付かずで全く嫌味がありません。一方で、先手玉は風前の灯火で、受け切ることは困難です。攻防ともに見込みがなく、稲葉陽八段の投了は仕方ないです。

名人戦第6局▲稲葉陽八段△佐藤天彦名人戦(投了図)

名人戦第6局のまとめ(flash盤の棋譜)

名人戦第6局の本局は、序盤と中盤が見所だったと思います。

序盤の構想力を問われる相掛かりらしい展開で、佐藤天彦名人が力を見せつけました。

稲葉陽八段にとっては、作戦負けの上に持ち時間の少なさも重なり、実際の形勢以上に勝ちづらい将棋になってしまったのが残念です。

中盤戦は桂馬が乱舞して、非常に面白い将棋だったと思います。

名人戦七番勝負は佐藤天彦名人の4勝2敗で初防衛となりました。両対局者の他のタイトル戦での活躍も期待しています。

<第75期名人戦七番勝負第6局 ▲稲葉陽八段 vs △佐藤天彦名人>(flash盤の棋譜)


理想を現実にする力(佐藤天彦)


佐藤天彦に学ぶ勝利へのプロセス ~順位戦全勝記~