名人戦第3局▲佐藤天彦名人 vs △稲葉陽八段戦は、とても面白い熱戦になりました。
序盤は早い段階から前例のない未知の局面となり、お互いに手探りでの序盤戦となります。
中盤では、先手の佐藤天彦名人が筋違い角の面白い構想を見せます。互角に近い中盤戦が長く続き、じりじりとした展開になります。
局面が動いたのは中盤から終盤にかけてです。佐藤天彦名人の疑問手から、一時は稲葉陽八段がはっきりと優勢の局面になります。しかし、その少し後で稲葉陽八段にも失着があり、佐藤天彦名人がやや優勢で終盤戦を迎えます。その後、終盤戦でも形勢が入れ替わります。
本記事では、将棋ソフト「技巧」で名人戦第3局の棋譜解析をしながら、ポイントの局面を振り返っています。
<ニコニコ生放送>
初日:第75期名人戦 七番勝負 第3局 初日 佐藤天彦名人 vs 稲葉陽八段
2日目:第75期名人戦 七番勝負 第3局 2日目 佐藤天彦名人 vs 稲葉陽八段
名人戦第3局:▲佐藤天彦名人 vs △稲葉陽八段の序盤戦
序盤の早い段階から前例のない未知の局面へ
序盤の戦型は相掛かりになりました。初手から▲2六歩△3四歩▲2五歩△3三角▲7六歩の出だしで、後手の稲葉陽八段が横歩取りを目指したのに対して、先手の佐藤天彦名人が拒否する展開です。
後手だけが飛車先の歩を交換するタイプの相掛かりの最新形です。先手だけ飛車先の歩を交換していなくて損なように見えますが、最近の将棋ソフトの影響で注目されている指し方です。
前例が非常に少ない将棋で、序盤から両者が時間を使って慎重に駒組みを進めます。22手目△7四歩(図1)からは完全に前例のない将棋です。
将棋ソフト「技巧」の棋譜解析によると、図1の少し前の△8五飛が疑問手となっています。代わりに△7六飛と横歩を取る手もあったようです。しかし、この辺りは序盤の方針を決める段階で、悪い手ということではないと思います。
佐藤天彦名人の筋違い角の構想
図1から▲5六歩と突いて、5筋の位取りを見せます。先手に5筋の位を取られると、後手の角が使いにくくなるので、後手から△8八角成と角交換する流れになりました。
それから少し手数が進み、33手目▲5六角(図2)となります。5筋の位を取ってからの筋違い角が佐藤天彦名人の構想でした。この角は2~3筋の右辺の攻めを狙っているだけではなく、△7三桂と跳ねた時の桂頭や、遠く離れた端の9筋もにらんでいます。
図2での将棋ソフト「技巧」の評価値は-149となっており、後手がやや指しやすいという形勢判断です。先手の玉が薄いことや、角を手放している影響があると思います。
図2から△7三桂▲7七桂△8一飛▲3五歩の進行で、3筋で歩がぶつかり中盤戦の戦いが始まります。
名人戦第3局:▲佐藤天彦名人 vs △稲葉陽八段の中盤戦
互角に近い中盤戦が長く続き、じりじりとした展開
先手は▲3五歩から仕掛けますが、押し引きのあるじりじりとした中盤戦となります。将棋ソフト「技巧」によると、互角~後手がやや指しやすいぐらいの局面が長く続いています。
中盤戦のポイントの局面で形勢が動く
中盤戦のポイントとなったのが、図3の62手目△5四歩の局面です。先手の佐藤天彦名人が▲5四同歩と取ったために、稲葉陽八段の△5五角の両取りを許してしまい、ここから後手が優勢になりました。
62手目△5四歩(図3)での将棋ソフト「技巧」の評価値は-143で、互角~後手がやや指しやすいぐらいです。しかし、63手目▲5四同歩の局面での評価値は-396で、後手がはっきりと優勢になっています。
図3での技巧の推奨手順は、▲2四歩△5五歩▲2三歩成の攻め合いです。
中盤から終盤にかけて△5六歩が悪手で逆転
図3から少し進んだところで、今度は後手の稲葉陽八段が悪手を指してしまいました。図4の70手目△5六歩が問題で、以下▲5六同銀△4六角▲3七金△5七角成▲4七金△同馬で、せっかく作った馬を切ることになります。さらに、以下▲4七同銀△5七桂▲7九玉△4九桂成と進み、先手は金を取られますが、成桂がそっぽに行っています。
70手目△5六歩(図4)の手前では、将棋ソフト「技巧」の評価値は-528で、後手がはっきり優勢でした。しかし、80手目△4九桂成の局面では、評価値200ぐらいで先手がやや優勢となっています。
先手の佐藤天彦名人がやや優勢で終盤戦に突入です。既に、両者の持ち時間は残り1時間を切っています。
名人戦第3局:▲佐藤天彦名人 vs △稲葉陽八段の終盤戦
受けの好手△6二桂で稲葉陽八段が優勢に
互いに残り時間が少ないこともあり、終盤戦では一手ごとに評価値の揺れ動きがあります。
先手がやや優勢ぐらいの局面が続きますが、終盤の評価値としては微差で、どちらに転んでもおかしくないという展開です。
将棋ソフト「技巧」の棋譜解析によると、97手目▲5六同飛が疑問手だったようです。
そして、後手の稲葉陽八段の優勢を決定づけたのが、ちょうど100手目の△6二桂(図5)の受けの好手です。▲7二角の飛銀両取りに対して、急所の銀の方を守っています。次の▲8一角成で飛車を取られた後に、▲7一馬が王手にならないのがポイントです。
図5での技巧の評価値は-417で、はっきり後手優勢となっています。
稲葉陽八段が勝ち切る
△6二桂以降は評価値もずっとマイナスで、後手の勝ち筋となっています。
将棋ソフト「技巧」の解析によると、図6での107手目▲6二桂成が敗着となっています。しかし、▲6二桂成が敗着というのはおそらく間違いで、将棋ソフトの精度の問題のようです。▲6二桂成の代わりに、技巧の推奨手の▲4一飛成としても、以下△3五玉と逃げれば後手が勝勢(評価値-1993)です。
図6から▲6二桂成は飛車を自陣に利かせた手ですが、以下△5九飛から後手の稲葉陽八段の勝ちとなりました。図7の投了図以降は、▲7七玉△7八金▲同玉△6八飛▲8九玉△8八金までの即詰みとなります。
名人戦第3局▲佐藤天彦名人 vs △稲葉陽八段戦のまとめ
名人戦第3局の本局は、中終盤で何度も形勢が入れ替わる熱戦だったと思います。終盤では稲葉陽八段の受けの好手もあり、最後は挑戦者が勝ち切っています。
これで名人戦七番勝負の星は、稲葉陽八段が2勝、佐藤天彦名人が1勝となり、稲葉陽八段が一歩リードしました。
次の第4局の日程は5月16~17日です。両者が再び熱い将棋を見せてくれることを期待しています。
<第75期名人戦七番勝負第3局 ▲佐藤天彦名人 vs △稲葉陽八段>(flash盤の棋譜)