王位戦第1局▲羽生善治王位 vs △菅井竜也七段の感想と将棋ソフト「技巧」による棋譜解析

王位戦第1局(感想戦での両対局者)

王位戦第1局▲羽生善治王位 vs △菅井竜也七段戦は、序盤・中盤・終盤のすべてで見所が多い大熱戦となりました。

序盤は早々に、羽生善治王位が公式戦で初めて指す驚きの一手が盤上に出現します。

挑戦者の菅井竜也七段も得意の戦型となり、互いの力を存分に出せる状況で、濃密な中盤戦が繰り広げられます。

終盤まで互角の戦いが続く緊迫した展開で、地力が試される難解な局面が次々と現れます。

最終盤で一瞬の形勢の揺れ動きもあり、最後まで勝敗の分からない大熱戦でした。

王位戦公式サイト:https://live.shogi.or.jp/oui/
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将棋世界 2017年8月号

王位戦:▲羽生善治王位 vs △菅井竜也七段の序盤戦

羽生善治王位の驚きの3手目▲9六歩

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(3手目▲9六歩)

序盤でまず驚いたのが、羽生善治王位の3手目▲9六歩(図1)です。

相振り飛車の含みや、端歩の駆け引きといった高度な意味合いだと思うのですが、羽生王位が3手目▲9六歩を指したのは初めてです。

菅井竜也七段も驚いたと思うのですが、4分の少考で△9四歩と端歩を受けます。

意外なことに、次の▲2六歩に羽生王位は18分も考えています。

持ち時間が8時間の対局なので、1日目の午前中はゆっくり考えているのかもしれませんが、端歩を受ける普通の△9四歩に対して早くもこれだけ時間を使っているのは不思議です。

どうやら、あらかじめ作戦を決めていたというわけではなさそうな雰囲気です。

羽生王位の3手目▲9六歩の意図の謎

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(角交換型向かい飛車)

羽生王位が▲2六歩を突いて居飛車に決めたので、菅井七段は飛車を3→2筋に途中下車しながら向かい飛車にします。(図2)

菅井七段は指し慣れた戦型で、丸山忠久九段、渡辺明竜王を相手に採用して勝っています。

本局の序盤戦では、羽生王位が時間を多く使っており、常に菅井七段の持ち時間を上回っています。3手目▲9六歩で注文をつけたのに、注文をつけた側の羽生王位の方が考え込んでいるのは奇妙な感じです。3手目▲9六歩は菅井七段の研究を警戒したのでしょうか?

菅井七段といえば、昔はゴキゲン中飛車の第一人者の一人として有名で、今では居飛車を含めて何でも指しこなしますが、その序盤研究には定評があります。

ところが、菅井七段は研究熱心であると同時に、未知の局面を楽しむという面があります。対局当日に盤の前に座ってから作戦を考えるようなところもあるそうです。

羽生王位が研究を警戒して3手目▲9六歩と突いたのだとしたら、逆に菅井七段の指し慣れた戦型になってしまった上に、自分の方が時間を多く使ってしまったので完全に裏目です。

それとも、丸山忠久九段や渡辺明竜王を破った戦法にあえて誘導するために、3手目▲9六歩を初めて指してみたのでしょうか?

真相は分かりませんが、結果的には序盤で時間を使いすぎてしまったかもしれないです。

王位戦第1局の棋譜解析(序盤1)

将棋ソフト「技巧」の評価値は300点ぐらいで、羽生王位の指しやすさを示しています。もともと、振り飛車は評価値が低く出る上に、3→2筋と飛車を途中下車している手損の分もあると思います。

ところが、駒組みが進んでみると、徐々に評価値の差が小さくなっており、中盤戦に差し掛かる頃にはほぼ互角となっているのが面白いところです。

王位戦:▲羽生善治王位 vs △菅井竜也七段の中盤戦

両対局者の決断の角打ち

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(角打ちを決断)

図3は、羽生王位が両取りの▲6六角を打った局面です。8四の歩は取れますが、打った角がやや狭いという問題もあります。この手を境にして、中盤戦に突入します。

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(決断の自陣角)

持ち駒に歩を手に入れた先手は、3筋からの桂頭攻めを狙いますが、これを受けての菅井七段の△6二角の自陣角が決断の一手です。

実は一手前の△5五歩のところで46分の長考をしており、かなりの読みを入れていることが分かります。△6二角と打たずに、△4四歩→△4三金と桂頭を守る手もあるので比較が難しかったのでしょう。ちなみに、技巧は△4四歩の方を推奨しています。

王位戦第1局の棋譜解析(序盤から中盤)

この辺りは、技巧の評価値によると、ほぼ互角の形勢が続いています。両者ともに長考して慎重に指し手を進めており、上手くバランスを取っているようです。

実戦の進行と技巧の推奨手との一致率も高くなっています。

ここからは、どちらの角がよく働くかが一つのポイントになりそうです。

菅井七段の封じ手の大長考

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(封じ手の大長考)

図5が封じ手の局面です。菅井七段が封じ手に費やした時間は1時間32分で大長考です。

封じ手の△5六同歩は自然な一着ですが、実は技巧は△2四歩を推奨しています。菅井七段の大長考も△2四歩との比較が理由だったのでしょうか?

技巧はこの局面の後も何度も△2四歩を示しており、2筋の逆襲を推奨しています。一方で、実戦の手順では5筋に手をかけています。

形勢の方はというと、技巧の評価値はやや羽生王位よりで約300となっており、少し先手が指しやすくなったのかもしれないです。角は互いに手放しましたが、先手だけ持ち駒に歩を2枚持っています。玉の囲いもしっかりしているので、それほど不満はないかもしれません。

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(先手は穴熊に組み換え)

本局は互いに駒組みの繰り替えがあり、長い中盤戦となっています。羽生王位がややペースを握っているとはいえ、評価値で200~300ぐらいの微差です。いつの間にか、両対局者の持ち時間は残り半分の約4時間で、同じぐらいになっています。

王位戦第1局の棋譜解析(中盤1)

菅井七段も戦いながら玉を穴熊に組み換える

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(後手も穴熊に組み換え)

中盤の競り合いがずっと続いているのですが、菅井七段も玉を穴熊に組み換えます。(図7)

既に駒はぶつかっているのですが、戦いながら玉を囲う感覚が参考になります。互いに無理な動きをせずに、じりじりとした展開になっています。

ただし、△4六歩や△3六歩など後手から動く変化がいろいろあり、先手としては警戒する必要があります。

この辺りは、羽生王位が時間を多く使っていて、感想戦でもまとめづらくて苦労していたとのことです。一方、菅井七段はそれほど時間を使わずにテンポよく指しています。

王位戦第1局の棋譜解析(中盤2)

技巧の評価値では羽生王位が指しやすさをキープしているのですが、指し手に苦労しているのは羽生王位の方です。既に持ち時間を6時間以上使っており、菅井七段との差も1時間以上に広がっています。

将棋ソフトと人間の違いが現れていて興味深いです。

玉頭戦が始まり局面が一気に激しくなる

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(焦点の歩の手筋)

菅井七段の△7五歩あたりから玉頭戦が始まります。玉頭戦になると、先手の▲2八角や▲4七銀が遊ぶ可能性がありますし、素晴らしい判断だったようです。

▲6五歩の瞬間に△8五歩(図8)が手筋の焦点の歩で、▲8五同銀なら△7五銀、▲8五同金なら△6五銀があります。玉頭戦なので角を取ってもあまり嬉しくなく、金銀の厚みの方が重要な将棋になっています。

王位戦第1局の棋譜解析(中盤3)

技巧の評価値ではほぼ互角ですが、羽生王位は形勢をやや悲観していたようです。中盤戦の半ばぐらいから、ずっと後手の動きを警戒する必要があり、主導権を握れなかったのが原因かもしれません。▲2八角と▲4七銀の活用が遅れているのも気になります。

王位戦:▲羽生善治王位 vs △菅井竜也七段の終盤戦

難解な終盤戦だが、菅井七段の方が正確な形勢判断?

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(難解な終盤戦)

ほぼ互角で終盤戦に突入しましたが、羽生王位はやや悲観しており、一方で菅井七段は難しいと思っていたようです。

対局後の感想戦と、技巧の評価値から判断すると、菅井七段の方が正確な形勢判断をしていた可能性があります。

図9の▲7一銀は後手玉にプレッシャーをかける一手ですが、4五の金を取って▲8八金打と埋めた方が良かったかもしれないです。

その後も、8二の金を取って早めに▲8八金打と埋める手順が感想戦で示されており、先手が面白い変化も現れていたようです。

王位戦第1局の棋譜解析(終盤1)

技巧の評価値では、先手がやや指しやすい局面が多かったのですが、羽生王位が悲観していたというのは先ほど書いた通りです。

したがって、この辺りは互いに形勢に自信がなかったことになります。

それでも、どちらも大きな疑問手を指していないというのは流石の一言です。バランスの取れた局面が長く続く大熱戦となっています。

互いの疑問手があり、羽生王位は一瞬のチャンスを逃す

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(羽生王位の疑問手?)

形勢に差がつき始めたのは、図10のあたりからです。図10の▲6四歩から▲6五銀で飛車角両取りをかけた方針が良くなかったようで、▲5五銀から遊び駒のさばきを優先させた方が勝りました。これが終盤で勝敗を分けたポイントの一つです。

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(菅井七段が優勢に)

図11で△7八歩成とした局面では、菅井七段が優勢となっています。先手は角筋に駒が重複していて、攻めが遅くなっています。

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(実は悪手で一瞬だけ互角に)

終盤戦の最後のポイントとなったのが、図12の局面でした。

実は△7六歩は悪手で、図12で▲6八歩の手筋なら大変だったようです。感想戦でも指摘された一手で、先手玉の危険度を下げることができます。

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(敗着となった勝負手)

▲6八歩ではなく、代わりに指した▲7三角(図13)が結果的に敗着となってしまいました。後手玉に王手がかかるようにするための勝負手ですが、△5二飛で逃げられた飛車が受けに働き、菅井七段の勝勢が決定的なものとなります。

▲6八歩を発見できなかったのは、残り時間が10分になっていたのも大きいと思います。持ち時間がない状況で、一瞬だけ生まれたチャンスをものにするというのは難しいです。

王位戦第1局の棋譜解析(終盤2)

菅井七段が勝ち切り、タイトル戦初勝利

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(先手玉に即詰みがある)

図14は、5五の銀を6六に引いた局面で、角道を通しながら▲6六の銀を受けに働かせた攻防の一手です。しかし、ここでは先手玉に即詰みがあります。

王位戦第1局▲羽生善治王位△菅井竜也七段戦(投了図)

投了図以下、▲9九玉なら△8八金、▲8七玉なら△7七金打から△8八銀、▲9七玉なら△8八銀から△7七金打でいずれも先手玉は即詰みです。

菅井七段は初戦を勝ち切り、嬉しいタイトル戦初勝利となりました。

王位戦第1局の棋譜解析(終盤3)

王位戦第1局のまとめ

王位戦第1局の本局は、羽生善治王位の3手目▲9六歩という驚きの一手で始まりました。

しかし、菅井竜也七段は落ち着いており、得意としている戦型に持ち込みます。

中盤戦はじっくりとした将棋になり、戦いながら玉を囲い直す展開です。形勢はやや羽生王位が指しやすかったようですが、まとめにくい形で苦労したようです。

ほぼ互角で終盤戦に突入し、難解な局面が続きましたが、形勢を悲観していた羽生王位が疑問となる手順を選び、菅井七段が優勢となります。

最後の最後で羽生王位が一瞬のチャンスを逃し、菅井竜也七段がそのまま勝ち切りました。

これで王位戦七番勝負は菅井竜也七段の先勝です。

第2局の日程は、7月25、26日(火、水)です。次の対局も大熱戦を期待しています。

<王位戦七番勝負第1局 ▲羽生善治王位 vs △菅井竜也七段>(flash盤の棋譜)
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将棋世界 2017年8月号