将棋ソフトとプロ棋士の関係は、最近の将棋界の大きなテーマの一つです。
最も刺激的で荒れやすいテーマでもあります。
ソフトでの研究について、新刊の『不屈の棋士』からプロ棋士の言葉を引用します。
羽生善治さん「ソフトの使い方としては、ある特殊な場面や条件で調べるのが一番いいと思っています。・・・終盤だけですね。最後の詰みがあるかないかについては本当に正確無比なので。序盤、中盤をソフトで調べることはありませんが・・・」
渡辺明さん「10年前から、詰みのある・なしチェックには使っていました。・・・ソフトが強くなったいまも評価値をチェックするのはメインではない。・・・評価値は自然に出るので見ますけど、「ふーん」という感じで、かなり上から目線です。その数値は本当? みたいな」
森内俊之さん「自分の指した将棋で疑問があれば、ソフトに解析させてみたりはします。・・・基本的にソフトの評価値というのはまちまちで、一つの意見として聞くのはいいと思いますが、人間の感覚とはかけ離れた数値が出ることが多いので鵜呑みにはできません。・・・手っ取り早く一つの意見を出してくれるのは便利ですよね。」
このように、ソフトをどのように使うかは、トップ棋士でも人によってさまざまです。
個人的な興味としては、
1.ソフトの形勢判断はどのくらいの精度なのか?
2.最近のプロ棋士の新手はどのくらいの割合がソフト発なのか?
3.ソフトで序盤や中盤を研究すれば勝てるのか?
これらの3点が最も気になります。
今回の記事は、特に3番目の疑問についてです。
将棋ソフトで序盤や中盤を研究すれば勝てるのか?
この疑問は、渡辺明竜王に一言で答えてもらいましょう。
渡辺明竜王「現状ソフト研究が浸透していても、勝つ人は以前と変わっていません」
これが結論のようです。シンプルかつ容赦がない。竜王が言うと説得力ありますね。
しかし、ソフト研究がプロ将棋界に影響を与えていないわけではありません。ソフト発の新手は多くなっていますし、序盤の戦法にも大きな影響を与えています。
相矢倉▲3七銀戦法つぶし、居角左美濃急戦、角換わり腰掛け銀の▲4八金型、相掛かり力戦の飛車先交換保留など、ぱっと思いつくだけでもいろいろとあります。
とはいえ、竜王の言葉によると、勝敗に決定的な影響を与えているわけではなさそうです。
どういうことなのでしょうか?
引用した『不屈の棋士』を読んで、その理由をいくつか考えてみました。
将棋ソフトで研究できる領域は限られる
将棋ソフトで研究して効果的なのは、
序盤の終わりから中盤の入り口、もしくはガチガチの定跡形の課題局面
に限られるようです。
中盤で手数が進んでいくと、分岐の数がどんどん多くなってしまうので、ソフトで研究した局面になる可能性が低くなります。こうなると効率が悪いので、ソフトで研究しても成果が上がらなくなります。
例外は、最新流行形などの定跡形です。ガチガチの定跡形では、中終盤まで想定どおりに進む場合が多くなるので、ソフトで研究する価値があります。
とはいえ、ソフトを使う棋士だと知られていると、研究を察知されて定跡を外される場合も多いようです。
将棋は中終盤で勝敗が決まることが多い
これは、ソフトの序盤や中盤がどれほど強いかということよりも、むしろ将棋というゲームの性質にあります。
将棋は優勢でも一手で簡単に逆転してしまうゲームです。
序盤や中盤の研究で優勢になったとしても、中終盤で優勢をキープできる技術がないと負けます。
そして、中終盤で優勢をキープできる技術をもっているのは強い棋士で、ソフトの有無に関係なく勝っているということでしょう。
将棋ソフト発の新手はみんな知っている
研究での優位は、あくまでも情報による優位です。いったん新手が指されて情報がオープンになってしまうと、価値が一気に下がってしまいます。
それどころか、最近では公式戦で指される前にソフト発の新手をみんな知っているということがあるようです。
まず、プロ棋士といえども、一般に公開されていたり市販されている将棋ソフト「以外」を簡単に手に入れることはできないようです。
すると、みんな同じようなソフトで研究することになります。
結果として、ソフト研究をしたからといって差はつかなくなります。
将棋ソフトの使用にはデメリットもある
よく言われるのが、「将棋ソフトを使うと自分の頭で考えなくなる」ということです。
将棋の研究には、情報収集とトレーニングの両面があります。
将棋ソフトで情報収集の効率は上がるが、トレーニングの効率は下がるということです。
ソフト研究に力を入れて、情報という果実を得ても、
頭脳スポーツである将棋でトレーニングがおろそかになると勝てなくなります。
ソフト研究はメリットもデメリットもある方法です。
誰もが勝てるようになる魔法ではなく、
ツールの一つとして上手く活用できれば、成果が上がるということでしょう。
将棋ソフト研究についてのまとめ
将棋ソフト研究は、現状では勝敗を左右する決定的な要因とはなっていないようです。
その理由として、
1.ソフト研究は、序盤の終わりから中盤の入り口ぐらい、あるいは定跡形に限られる。
2.将棋の勝敗を決めるのは、中終盤の技術の差が大きい。
3.将棋ソフト発の新手は、ソフトを使う他のプロ棋士も知っている。
4.ソフト研究には、トレーニングがおろそかになるデメリットもある。
などが考えられます。
しかし、今後どうなるかは不明です。
の記事で書いたように、将棋は最善手だけを考えるゲームではなく、「相手が最善手と思う手」を読めないと不利になるゲームです。ソフト感覚がプロ棋士の間で広まり、それが共通認識として理解されればされるほど、ソフト研究の重要度はますます高くなるでしょう。
→ コラムのカテゴリーに戻る
→ じゅげむの将棋ブログに戻る
渡辺明の勝利の格言ジャッジメント 飛 角 桂 香 歩の巻(NHK将棋シリーズ、2016年)