7-2. 駒の価値の研究 | じゅげむの将棋ブログ https://shogijugem.com 将棋の戦法や定跡のまとめ、囲い、格言、自戦記、ゆるゆる研究シリーズなど。 Sat, 17 Sep 2016 03:39:33 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=5.5.3 111067373 3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較(続) https://shogijugem.com/koma-no-kachi-3prokishi-hikaku-2-1520 Fri, 13 May 2016 02:53:06 +0000 https://shogijugem.com/?p=1520 前回の続きです。谷川浩司さん、渡辺明さん、青野照市さんの3人のプロ棋士の駒の価値を比較します。将棋の上達に役立つ駒の価値についての理解を深めていきましょう。   駒の価値の研究シリーズ(No.6) 前回:3人の...

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前回の続きです。谷川浩司さん、渡辺明さん、青野照市さんの3人のプロ棋士の駒の価値を比較します。将棋の上達に役立つ駒の価値についての理解を深めていきましょう。

 

駒の価値の研究シリーズ(No.6)
前回:3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較
次回:

このページの目次

駒の価値のプロ棋士3人の共通点

駒の価値の基準:歩から銀に

駒の価値のプロ棋士3人の比較

  ・歩の価値

  ・香の価値

  ・桂の価値

  ・飛車の価値


 

駒の価値のプロ棋士3人の共通点

谷川浩司さん、渡辺明さん、青野照市さんの3人の共通点として、駒の価値の順番はほぼ同じです。

歩<香<桂<銀<金<角<飛車

ただし、渡辺明さんだけ香と桂の価値はほぼ同じとしています。

 

そして、以下に計算結果を示しますが、3人の駒の価値の点数に大きな差があるわけではありません。つまり、3人の大まかな見解は一致しており、あとはどのくらい細かな差があるかです。

前回の記事での問題意識として、駒の価値の精度、駒の価値の変動、という2点がありました。プロ棋士間の細かな点数の違いを考えることで、これら2点についての理解を深めます。


 

駒の価値の基準:歩から銀に

前回の表を再掲します。

3人のプロ棋士の駒の点数の比較

3人の駒の点数を比較すると、青野照市さんの駒の点数は全体的に高くなっています。駒の価値は比率が重要なので、調整する必要があります。

上記の表では、歩の点数は3人とも1点で、歩の価値を基準にしています。

 

この基準を別の駒にしたらどうなるでしょうか?

例えば、銀の価値を基準にして表を作り直してみます。

谷川浩司さんと渡辺明さんは銀が同じ5点なので、この点数に基準を合わせます。青野照市さんの銀の点数は7点なので、銀の7点が5点になるように、全体の割合を調整します。具体的には、青野照市さんのすべての駒の点数に5/7を掛ければいいです。計算結果は下図のようになります(谷川理論と比較して、価値の高さが目立つ数字を赤字、低さが目立つ数字を青字にしています)。

3人のプロ棋士の駒の点数の比較(銀が基準)

銀5点を基準とすると、青野さんの駒の点数のいくつかが谷川さんとほぼ一致します。香2.9点、角7.9点は、谷川理論に極めて近い値です。金5.7点も谷川理論の6点との誤差が5%で一致の度合いが高いです。銀も含めると、香、銀、金、角の4種類の駒が谷川理論に近い値を示していることがわかります。

 

価値の基準をどの駒に合わせるか?

歩が価値の基準とされることが多いのですが、じゅげむは銀の方が良いのではないかと思っています。

 

理由の一つは、歩という駒は価値の変動が激しそうだからです。

「歩切れの香は角以上」という格言があるように、歩が1枚あるのと歩切れでは、かなり状況が変わってきます。逆に歩を3枚も4枚も持っているときに、そこから1枚増やしても大したことがない場合も多いです。さらに、二歩というルールのために、歩が使える状況と使えない状況があるために、歩の価値は大きく変動するはずです。

逆に、銀という駒は価値が比較的安定していそうです。攻めにも受けにも使えますし、飛び駒と違って利きの数の変動も少ないです。

 

理由の二つ目は、銀は駒の価値がちょうど真ん中の駒だからです。

歩<香<桂<<金<角<飛車

という駒の価値の順番なので、銀はちょうど真ん中になります。点数としても、一番価値の高い飛車の半分ぐらいです。一番価値の低い歩を基準にしたり、逆に一番価値の高い飛車を基準にしたりすると、全体的に誤差が大きくなりそうです。

 

コンピューター将棋の評価値で100点がおおよそ歩1枚の価値だと聞いたことがあります。コンピューター将棋に詳しくないので断定はできませんが、歩の価値を評価値の基準にするよりは、銀の価値を評価値の基準にした方が、コンピューター間の誤差が少なくなるような気もします。


 

3人のプロ棋士の比較

さて、本題から少し外れてきたので戻します。

銀を基準にした駒の点数を比較すると、銀、金、角の3種類の駒についてはプロ棋士3人の意見がほぼ一致しています。

ところが、歩、香、桂、飛車の価値については、プロ棋士によって差が大きいように見えます。


 

歩の価値

上でも書きましたが、歩は価値の変動が激しい駒です。

青野さんの歩の価値は、谷川理論の約70%なので誤差としては小さくありませんが、何枚も使われる駒なので、1枚1枚の価値を評価するのはなかなか難しいです。歩の価値については、ケースバイケースで考えた方が良さそうです。


 

香の価値

谷川さん3点、渡辺さん3~3.5点、青野さん2.9点

 

渡辺さんは香の評価が高いです。3~3.5の中心値が3.25なので、谷川理論よりも約8%高めです。

駒の価値に変動幅を設定していることにも注目です。3~3.5の中心値3.25を基準とすると、上下の変動が0.25で約8%となるので、香の価値=3.25±8%と表現することができます。

以前の記事で香の価値の確率分布を考えましたが、たしかに香という駒は価値の変動が激しそうです。

香の価値の確率分布と香の格言
前回、香の価値を確率的な平均値(期待値)として考えました。「確率」というのがポイントで、香の価値が状況によって変動することを示唆しています。...

 

もう一つ、香の点数自体だけでなく、渡辺さんは香と桂の価値を同等に考えていることにも注目です。


 

桂の価値

谷川さん4点、渡辺さん3~3.5点、青野さん3.6点

 

谷川さんの桂の評価が他の2人よりもかなり高いです。今まで谷川理論を基準としてきたので、渡辺さんと青野さんの点数の方が低いようにも見えますが、むしろ谷川さんの桂の評価が通常よりも高めと考えた方が良さそうです。

その理由はいくつか考えられます。

 

①整数値の精度なので4点になっている可能性があります。

本当は3.5点ぐらいにしたかったけれど、整数値にしてわかりやすくするために4点とした可能性があります。香の価値よりは評価が高いので、3点に丸めるよりは4点に丸める方が香と桂の比較が明瞭です。

 

②谷川さんの好きな駒の一つが桂です。

『将棋年鑑2014』によると、谷川さんの好きな駒は「角と桂」となっています。後で述べる渡辺さんの飛車のケースのように、好きな駒の価値を高めに見積もることはありえます(ただし、同じく谷川さんが好きな角については、高めに見積もっていることはなさそうです)。

 

以上の理由から、桂の評価は4点よりも少なめに見積もった方が良い可能性はあります。3人のプロ棋士の平均ぐらいであること、切りがよくてわかりやすいことから、個人的には桂の価値=3.5点ぐらいを採用したいです。


 

飛車の価値

谷川さん10点、渡辺さん12点青野さん8.6点

 

渡辺さんの飛車の評価は高く、青野さんの飛車の評価は低いです。谷川さんの10点は両者の中間ぐらいです。

 

青野さんの飛車の点数は8.6点でかなり低く、角の7.9点とそれほど差がないぐらいです。

その理由として一つのヒントになるのは、青野さんの時代には大山康晴十五世名人が将棋界の第一人者であったことです。

大山康晴十五世名人と言えば四間飛車です。昔は今のように穴熊が主流ではなく、急戦が多かったと思います。青野さんは対四間飛車の急戦定跡である鷺宮定跡を作った棋士として知られています。

居飛車vs振り飛車の対抗型の急戦では、飛車角交換で角を持った振り飛車が互角、あるいは振り飛車有利という変化が多くあります。

その理由の一つが美濃囲いの特徴でしょう。美濃囲いは横からの攻めに強いです。横からの攻めは飛車が主役になりやすいので、「美濃囲いは飛車に強い」と言い換えることができます。

実際の対局で飛車角交換しても互角なことが多いなら、飛車と角の価値はそれほど変わらないと考えるのが自然でしょう。

 

一方、渡辺さんは同じ対抗型でも穴熊全盛時代のプロ棋士です。

穴熊は手数がかかるので、持久戦でがっちりと組み合うと、振り飛車側は高美濃銀冠まで発展しています。これらの囲いは上部は手厚くなるのですが、横からの攻めには美濃囲いよりも隙が多いです。

相手の囲いが飛車に強いか弱いかで、飛車の価値が変わるというのは、状況による駒の価値の変動の一種です。

さらに言えば、渡辺さんは飛車(龍)で桂香を拾える形も想定して、飛車の価値を設定しているかもしれないです。(参考資料:『渡辺明の思考』)

たしか、どこかで『飛車の点数が高めなのは自分の好みです』と言っていた気がするので、純粋な駒の価値として12点は高すぎということなのでしょう。『将棋年鑑2014』のアンケートでは好きな駒を飛車と回答しています。

 

以上を総合して、飛車の価値は谷川さんの10点をそのまま採用したいです。

本ブログでは駒の価値について谷川理論を用いることが多いです。ただし、桂の価値については、やや高めに見積もっている可能性を考慮したいと思います。

 

駒の価値の研究シリーズ
前回:3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較
次回:

 

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3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較 https://shogijugem.com/koma-no-kachi-3prokishi-hikaku-809 Fri, 22 Apr 2016 11:45:49 +0000 https://shogijugem.com/?p=809 プロ棋士の間でも駒の価値の評価には個人差があります。以前の記事で、谷川浩司さんの駒の価値の評価(谷川理論)を紹介しましたが、今回の記事では、渡辺明さんと青野照市さんの駒の価値の評価と比較してみます。   駒の価...

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プロ棋士の間でも駒の価値の評価には個人差があります。以前の記事で、谷川浩司さんの駒の価値の評価(谷川理論)を紹介しましたが、今回の記事では、渡辺明さん青野照市さんの駒の価値の評価と比較してみます。

 

駒の価値の研究シリーズ(No.5)
前回:香の価値の確率分布と香の格言
次回:3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較(続)

このページの目次

谷川浩司さんの駒の価値

渡辺明さんの駒の価値

青野照市さんの駒の価値

3人のプロ棋士の駒の価値の比較

 


 

谷川浩司さんの駒の価値

谷川浩司さんの駒の価値(谷川理論)は、本シリーズの最初の記事「将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート」で紹介しましたが、次のようになります。

歩1点、香3点、桂4点、銀5点、金6点、角8点、飛車10点

 

谷川理論は信頼性が高いですが、駒の点数には整数値を使っているので、小数点以下の精度はありません。

アマチュア向けにわかりやすくするために整数値を使っているという面もあるでしょうし、そもそも駒の価値が状況によって変動するために、精度を高くしすぎても無駄という面もあると思います。

 

前々回の記事「香の価値は2.75点?」では、駒の点数に小数点以下が付くことになりました。また、前回の記事「香の価値の確率分布と香の格言」では、駒の価値の変動について考えました。このように駒の価値の研究シリーズでは、駒の価値の精度を高めたい、駒の価値の変動についての理解を深めたい、という問題意識があります。

そこで、谷川理論だけではなく、他のプロ棋士の意見も参考にしてみます。

 


 

渡辺明さんの駒の価値

渡辺明さんはタイトル獲得通算17期(2016年4月22日現在)を持つ現代のトップ棋士の一人です。渡辺流の駒の価値(値段)は以下のようになります。

 

歩10円、香桂30~35円、銀50円、金60円、角80円、飛120円

出典:『NHK将棋講座2015年10月号』(p. 27、「渡辺流 勝利の格言ジャッジメント」より)

 

比較しやすいように、単位を「円→点」として、点数をすべて10分の1にすると、

歩1点、香桂3~3.5点、銀5点、金6点、角8点、飛12点

 

渡辺明さんの駒の価値(点数)は、谷川浩司さんの駒の価値と似ています。歩、銀、金、角の4種類の駒の価値は全く同じです。谷川理論をベースとして、それを修正している可能性もあるのではないかと思いました。

まず注目すべきは、飛車の点数の高さです。渡辺流では飛車が12点で、谷川理論の10点と比べて、かなり高い点数になっています。

もう一つ注目すべきは、香と桂の価値が同じということです。点数としては3~3.5点です。谷川理論の香3点、桂4点に比べて、香の評価がやや高く、桂の評価がやや低いです。

 


 

青野照市さんの駒の価値

青野照市九段は、順位戦A級通算11期の大棋士です。青野照市さんが昭和28年生まれ、谷川浩司さんが昭和37年生まれ、渡辺明さんが昭和59年生まれなので、世代が異なる三者の比較として見ることもできます。

青野照市さんの駒の価値(点数)は、少し雰囲気が違います。

 

歩1点、香4点、桂5点、銀7点、金8点、角11点、飛12点

出典:『子ども版 将棋のルールを覚えた次に読む本(青野照市著、創元社、2012年)』

 

この点数の付け方から、青野流の駒の価値の考え方を推察します。

まず、「歩」、「香と桂」、「銀と金」、「角と飛車」の4つのグループ分けが明確です。

角と飛車は「大駒」、銀と金は「金駒(かなごま)」という名称があるように、これらの駒は昔から同じぐらいの価値のグループとして考えられています。残りの小駒は「歩」と、それ以外の「香と桂」でグループ分けされるのが普通です。

 

「歩」←3点差→「香、桂」←2点差→「銀、金」←3点差→「角、飛車」

 

グループ内の「香と桂」、「銀と金」、「角と飛車」がそれぞれ1点差であるのに対し、グループ間の「歩と香」は3点差、「桂と銀」は2点差、「金と角」は3点差です。青野流の駒の点数の付け方は、これら4つのグループ間の壁を強く意識していると思われます。

さらに言えば、「歩」と「歩以外の小駒(香、桂、銀、金)」と「大駒(角、飛車)」の大きな3つのグループ分けも見て取れます。

 


 

3人のプロ棋士の駒の価値の比較

以下の表に、谷川浩司さん、渡辺明さん、青野照市さんの駒の価値(点数)をまとめます。

3人のプロ棋士の駒の価値の比較

 

今回の記事は、3人のプロ棋士の駒の価値の紹介がメインでしたが、次回の記事ではこのような駒の価値の個人差について、もう少し深く掘り下げてみます。

駒の価値の研究シリーズ(No.5)
前回:香の価値の確率分布と香の格言
次回:3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較(続)

 

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香の価値の確率分布と香の格言 https://shogijugem.com/kyo-kakugen-kakuritsubumpu-617 Tue, 12 Apr 2016 15:07:49 +0000 https://shogijugem.com/?p=617 前回、香の価値を確率的な平均値(期待値)として考えました。「確率」というのがポイントで、香の価値が状況によって変動することを示唆しています。実際に、駒の価値を利きの数の多さと考えると、盤上で1マスしか利きがない場合と、8...

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前回、香の価値を確率的な平均値(期待値)として考えました。「確率」というのがポイントで、香の価値が状況によって変動することを示唆しています。実際に、駒の価値を利きの数の多さと考えると、盤上で1マスしか利きがない場合と、8マスも利きがある場合では、香の価値が大きく異なります。

 

駒の価値の研究シリーズ(No. 4)
前回:香の価値は2.75点?
次回:3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較

このページの目次

香の価値と格言

駒の価値の多面的な分析

香の価値と確率分布

盤上の香と持ち駒の香


 

香の価値と格言

「香は下段から打て」「下段の香に力あり」という将棋の格言は、下段の香の方が駒の価値が高いことを意味しています。仮説1「利きの数仮説」の観点から説明すると、下段の香の方が利きの数が多いから価値が高いということです。

また「歩切れの香は角以上」という格言もあります。歩切れの場合は、香筋(香の利き)を歩で止めることができないので、香を打った時の利きの数の期待値は格段に上がります。

「底歩には香打ち」「香を持ったら歩の裏を狙え」という格言も、香筋を歩で止められない状況を狙った香の活用法を教えています。

 

香筋を歩以外の駒で止めようとしても、桂や香ならまだしも、金や銀など価値の高い駒で止めると駒損になります。状況によっては、ただの駒損ではなく、いつでも取られる質駒としての駒損になりかねません。その分だけ、単なる金香交換や銀香交換よりも損している可能性があります。そう考えると、金銀よりも上の角ぐらいの価値があってもおかしくはないでしょう。

 

香筋を止められない場合は、最悪8マスの利きを許すことになります。利きの数としても、金の6マスや銀の5マスよりも上になる可能性があるわけです。

 

さらに、前に2マス以上の連続したマス目に利かせられる可能性のある駒は、飛車(龍)と香の2種類しかありません。状況によっては、この特性が決定的な役割を果たすこともあるでしょう。この点については、飛車も同じ事ができるので、飛車よりも香の価値が高いということにはなりませんが、角よりも役に立つ状況は十分に考えられます。

 

このように考えると、「歩切れの香は角以上」という格言は、決して単なる誇張ではないとわかります。


 

駒の価値の多面的な分析

駒の価値は「駒交換の損得」「利きの数」「利きの特性」など色々な視点から考えることができます。

 

ただし、「駒交換の損得」については、「そもそも交換した駒の価値が高いのか低いのか」という原点に戻ることになるので、単体としての駒の価値をあらかじめ考えておく必要があります。駒の価値の研究シリーズでは、スタート地点として、駒の価値を「利きの数」から考えています。

 

一方で、「利きの特性」については、「角ではダメで、香が必要」という状況もあるので、駒の価値の逆転がありえます。これも一種の駒の価値の変動です。


 

香の価値と確率分布

さて、これらの視点のうちで、今までの記事で議論してきた「利きの数」の話に戻りましょう。

香の価値の計算、すなわち「利きの数」の計算のために「確率」の概念を持ち出しましたが、確率的な物事を表現する方法として、確率分布という考え方があります。これは図にすると一目瞭然でわかりやすいので、説明はさておき、香の利きの数の確率分布の図を示します。

 

香の利きの数の確率分布

仮定1:香が二段目から九段目のどの段目にいるかは等確率(8分の1ずつ)。

仮定2:香の利きがどこで止められているかは等確率。(例えば、三段目の香は、二段目に合駒されると利きが1マス、合駒されないと利きが2マス。これらを等確率の2分の1とする。)

上記の2つの仮定については前回の記事「香の価値は2.75点?」を参照。

 

このグラフからわかるように、香の利きは1マスしかない確率が一番高く、利きのあるマス目の数が増えるにしたがって出現確率は低くなります。7マスや8マスなど、非常に利きが多い場合の確率は非常に小さいです。

1マスの34%と2マスの21%を加えると合計55%なので、香は半分以上の確率で1マスか2マスしか利きがないことになります。3マスまで加えると、約71%になります。香の利きは3マス以下の場合で7割を超えるということです。金や銀よりも価値が低いというのは納得できます。桂とはいい勝負でしょう。

一方で、6マスが5.4%、7マスが3.4%、8マスが1.6%なので、6マス以上の場合をすべて加えても確率は約10%です。このぐらいの低確率で、金や銀よりも価値が高くなる可能性があります。


 

盤上の香と持ち駒の香

将棋には持ち駒というルールがあります。持ち駒は盤面の空いてるマスならどこへ打ってもいいので、通常は利きがなるべく多くなるように、香は下段から打ちます。その点では「確率」ではなく、持ち駒の場合は「場所を自由に決めている」と考えることもできます。しかし、効果的な打ち場所が縦に狭い場合もあるので、利きの数だけを気にして好き勝手に香の打ち場所を決めればいい、というわけではありません。また、香を打った瞬間に歩を叩かれると、その瞬間の香の利きは1マスになります。

 

とはいえ、香という駒は「潜在的に」非常に価値の高い駒になる可能性があり、この特性は持ち駒というルールによって増幅されています。

 

逆に、ひとたび持ち駒の香を盤上に打ってしまうと、その香の価値をある程度決めてしまうことに繋がります。すると、持ち駒の香を今使った方がいいのか、もっと効果的に使えるタイミングを狙った方がいいのか、と悩むことになります。この悩みは香に限ったことではなく、どの駒についても共通しています。しかし、香は利きの数が1~8マスで幅広いので、とりわけその悩みは大きくなりそうです。

 

そこで参考となるのが期待値で、香を今打った方が得になるか、それとも温存しておいた方が得になるかの判断材料になります。期待値より利きの数が多ければ、「下段に打ってよく利いているから、すぐに駒得などに繋がらなくても香を据えておこうか」というような判断にも繋がるわけです。

 

さて、香の「利きの数」についての理解はそれなりに深まりました。しかし、「香のスピード」問題については未解決です。この点については、次回以降の記事で考えてみます。

 

駒の価値の研究シリーズ
前回:香の価値は2.75点?
次回:3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較

 

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香の価値は2.75点? https://shogijugem.com/kyo-no-kachi-266 Sun, 10 Apr 2016 03:15:24 +0000 https://shogijugem.com/?p=266 駒の価値の研究シリーズの第3回目です。今回は「香」が主役です。数学的な手法を用いて香の価値を推定します。   駒の価値の研究シリーズ(No.3) 前回:将棋の駒の価値のスピード仮説と仮想駒「跳」 次回:香の価値...

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駒の価値の研究シリーズの第3回目です。今回は「香」が主役です。数学的な手法を用いて香の価値を推定します。

 

駒の価値の研究シリーズ(No.3)
前回:将棋の駒の価値のスピード仮説と仮想駒「跳」
次回:香の価値の確率分布と香の格言

このページの目次

前回の「駒の価値のスピード仮説」とは?

香の利きの数とスピードの問題点

  ・香の価値の過大評価の原因

香の利きの数の平均値の見直し

  ・香が盤面の何段目にあるか

  ・香の利きがどこでさえぎられるか

  ・香の価値は2.75点?


 

前回の「駒の価値のスピード仮説」とは?

前回の記事(将棋の駒の価値のスピード仮説と仮想駒「跳」)における仮説3は、「歩」、「桂」、「銀」、「金」の4種類の駒の価値を上手く説明することができました。仮説3は次のようなもので、「利きの数」と「スピード」から駒の価値を推定します。

 

仮説3:駒の価値は、(利きの数)×(スピード)である。

 

しかし、前回の議論では、飛び駒である「香」、「角」、「飛」を棚上げにしていました。どうして、飛び駒を棚上げにしていたかというと、その理由は単純で、仮説3では飛び駒の価値を上手く説明できないからです。


 

香の利きの数とスピードの問題点

最初に、飛び駒の中で、最もシンプルな駒である香について考えてみましょう。

 

香の利きの数は、1マスから8マスまでの8通りの場合があります。この時点で、仮説3における「利きの数」をどのように評価したらよいのか?という問題が発生します。前々回の記事(将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート)では、仮説1を考えた時に、香の利きの数を大雑把な平均値として「4.5」と推定しました。結果として、香の価値が「4.5点」と過大評価されてしまいました。(ちなみに、谷川理論による香の価値は「3点」です。)

 

香のスピードについても、「1手で1マス」しか進めない場合から、「1手で8マス」も進める場合まであり、「1手で1マスから8マスまで」の8通りの場合があります。利きの数の平均値を推定する場合と同じように、香のスピードの平均値をどのように推定したら良いのか?という問題が発生しますが、ひとまずその問題を置いておくとしても、香のスピードの平均値が1より大きな値になるのは明らかです。すると、「利きの数」の時点で既に過大評価(4.5点)になっているのに、さらに「1より大きなスピードの値」を掛け算するということですから、「なおさら過大評価がひどくなる」という結論は目に見えています。


 

香の価値の過大評価の原因

香の価値の過大評価の原因として、次の2つの可能性が考えられます。(あるいは、両方とも原因である可能性もあります。)

 

(1)香の「利きの数」の平均値の推定が良くない。

香の利きの数の平均値の推定方法はかなり大雑把でした。他の駒の存在を全く考えていない方法といえます。実戦では、敵の駒と味方の駒を含めて盤上に多くの駒があり、香の利きを邪魔します。

 

(2)仮説3(および仮説2)における「駒の価値は駒のスピードに比例する」という仮定がそもそも間違い。

仮説1の「駒の価値(点数)は、利きの数と同じである」については、すべての駒の価値を大雑把につかむことに成功していました。(参考記事「将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート」

しかし、仮説3(および仮説2)の「駒の価値は、駒のスピードに比例する」は、桂の価値を説明するための仮説で、桂でしか成り立たない可能性も十分に考えられます。つまり、「桂でしか成立しない特殊な仮定を、すべての駒に一般的に当てはめようとしたのが間違い」である可能性です。

 

このような、2つのミスの可能性があるのですが、2つを一緒に考えると混乱するので、1つずつ検証したいと思います。そこで、過大評価の可能性が濃厚な「利きの数」の方を最初に見直します。


 

香の利きの数の平均値の見直し

上記の(1)の「香の利きの数の平均値」の算出について、もう少し細かく考えてみましょう。


 

香が盤面の何段目にあるか

まず考えるべきことは、香が盤面の何段目にあるか(または打たれるか)です。

 

香の利きは、二段目では1マス、三段目では2マス、四段目では3マス・・・と一段下がるにつれて1マスずつ増えていき、九段目では最大8マスの利きがあります。(一段目の香は行き場のない駒なのでルール上打てません。)

六段目~九段目の香二段目~五段目の香

 

仮に、二段目~九段目までに香がある確率を、それぞれ8分の1で等確率と仮定します(数学の確率の問題では、しばしばこの「等確率」の仮定が用いられます)。すると、

香の利きが1マス(香の位置が二段目)である確率は8分の1
香の利きが2マス(香の位置が三段目)である確率は8分の1
香の利きが3マス(香の位置が四段目)である確率は8分の1

・・・(以下、同様で)・・・

香の利きが8マス(香の位置が九段目)である確率は8分の1

 

となるので、香の利きの数の期待値を数学的に求めると、

(1マス×1/8)+(2マス×1/8)+(3マス×1/8)+・・・+(8マス×1/8) = 4.5マス

となります。ちなみに、「期待値」というのは上記のように計算した確率的な平均値のことです。この「4.5」という数字が、前々回の記事で求めた、香の利きの数の大雑把な平均値になります。

 

そして、このように求めた確率的な平均値(期待値)では、香の価値を過大評価してしまうということでした。


 

香の利きがどこでさえぎられるか

どうして、このような過大評価が起こってしまうのでしょうか?

 

現実の将棋の盤上では、香以外の多くの駒が存在しているので、香の利きがさえぎられることが多々あります。この効果を無視すると、香の利きの数の「期待値」を過大評価してしまいます。

 

二段目の香は利きがさえぎられることはありません。利きは必ず1マスです。
三段目の香は利きがさえぎられる場合があり、利きは1マスか2マスのどちらかです。
四段目の香も利きがさえぎられる場合があり、利きは1~3マスのいずれかです。
五段目の香も利きがさえぎられる場合があり、利きは1~4マスのいずれかです。

・・・(以下、同様で)・・・

九段目の香も利きがさえぎられる場合があり、利きは1~8マスのいずれかです。

(ただし、味方の駒にヒモをつけている場合も「利き」に含めています。)

 

三段目の香五段目の香

 

例えば、三段目の香は、利きが1マスか2マスのどちらかですが、それぞれ2分の1の確率とします。すると、三段目の香の利き数の「期待値」は、次の式で計算されるように1.5マスとなります。

(1マス×1/2)+(2マス×1/2) = 1.5マス

 

同じように、

(1マス×1/3)+(2マス×1/3)+(3マス×1/3) = 2マス(四段目の香について)
2.5マス(五段目の香について、同様の計算で)
3マス(六段目の香について、同様の計算で)

・・・

4.5マス(九段目の香について、同様の計算で)

となります。

 

この計算によって、「香がある特定の段目にある場合の、利きの数の期待値」が求められたわけです。


 

香の価値は2.75点?

再び、二段目~九段目までに香がある確率をそれぞれ8分の1の等確率とする仮定をすると、(香の利きがさえぎられる可能性も考慮した場合の)香の利きの数の期待値を求められます。

 

(1マス×1/8)+(1.5マス×1/8)+(2マス×1/8)+・・・+(4.5マス×1/8) = 2.75マス

 

この2.75マス(2.75点)という値は、谷川理論(香3点)にかなり近い値となっています。

 

すなわち、

「香の利きをさえぎる駒を考慮に入れて、確率的な平均値(期待値)を求める」

という計算手法を用いると、仮説1でかなり良い値を得られるということです。

 

上記の計算結果を香に適用すると、仮説1による駒の価値は、

 

歩:1点(1マス)

香:2.75点(2.75マス)

桂:2点(2マス)

銀:5点(5マス)

金:6点(6マス)

 

 

さて、仮説1でそれなりに上手く説明できてしまうと、仮説3(および仮説2)における「駒のスピード」の概念はどこへ行ってしまうのでしょうか?

また、仮説1では相変わらず桂の価値を過小評価しています。

香の2.75点は本当に適切な値なのでしょうか?

飛車と角の価値はどうなるのでしょうか?

 

今回の成果の一つは、仮説1(および仮説3)による香の価値の見積もり精度が上がったことです。しかし、上記のように、まだまだ多くの課題が残っています。これらの課題については、次回以降のテーマにしたいと思います。

 

前回:将棋の駒の価値のスピード仮説と仮想駒「跳」
次回:香の価値の確率分布と香の格言

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将棋の駒の価値のスピード仮説と仮想駒「跳」 https://shogijugem.com/koma-no-kachi-speed-184 Fri, 08 Apr 2016 16:50:18 +0000 https://shogijugem.com/?p=184 駒の価値の研究シリーズの第2回目です。前回、歩と銀と金の価値は上手く説明できましたが、桂の価値が過小評価されてしまいました。この問題を解決するために、新たな仮説を考えたいと思います。妙な方向に脱線気味。   駒...

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駒の価値の研究シリーズの第2回目です。前回、歩と銀と金の価値は上手く説明できましたが、桂の価値が過小評価されてしまいました。この問題を解決するために、新たな仮説を考えたいと思います。妙な方向に脱線気味。

 

駒の価値の研究シリーズ(No.2)
前回:将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート
次回:香の価値は2.75点?

目次

駒の価値の「利きの数仮説」と谷川理論

駒の価値の「スピード仮説」

仮想駒「跳」の駒の価値

  ・駒の価値の比較:「歩」vs「跳」

  ・駒の価値の比較:「香」vs「跳」

  ・駒の価値の比較:「桂」vs「跳」

仮想駒「跳」の価値のまとめと「スピード仮説」


 

駒の価値の「利きの数仮説」と谷川理論

前回の「仮説1」をおさらいします。

 

仮説1:駒の価値(点数)は、利きの数と同じである。

 

仮説1による駒の価値は、

歩1点、香4.5点、桂2点、銀5点、金6点、角8.5点、飛9点

 

となります。ただし、飛び駒(香、角、飛車)については、利きの数の平均値をかなり大雑把なやり方で求めています。

この仮説は、「駒の価値=利きの数」という考え方なので、「利きの数仮説」と呼ぶことにします。

 

一方で、谷川理論による駒の価値は、

歩1点、香3点、桂4点、銀5点、金6点、角8点、飛10点

 

になりますが、この点数は駒の価値の真実にかなり近いと考えられます。

 

仮説1では桂の価値を2点と評価しており、この点数は谷川理論による4点の半分に過ぎないので、桂の価値をかなり過小評価しています。

そもそも仮説1は、「谷川理論における歩1点、銀5点、金6点の3種類の駒の価値が上手く説明できる」ということから着想を得た仮説でした。これら3種類の駒の共通点は、1マスしか進めないということです。

一方で、桂は一手で2マス進める駒で、足の速い駒と言われます。仮説1では、駒の足の速さ(スピード)は考慮されていないので、それが原因で桂の価値を過小評価してしまった可能性があります。


 

駒の価値のスピード仮説

そこで、次の仮説2、すなわち「駒の価値のスピード仮説」を新たに考えます。

 

仮説2:駒の価値は、駒のスピードに比例する。

 

仮説2は、仮説1と組み合わせて考えることができます。つまり、仮説2は仮説1を否定するものではなく、仮説1を拡張(あるいは修正)するための仮説として仮説2があるわけです。仮説1と仮説2を組み合わせたものを仮説3とすると、

 

仮説3:駒の価値は、(利きの数)×(駒のスピード)である。

 

となります。この仮説3によると、桂は利きの数が2マスで、駒のスピードは一手で2マス進めるので、

 

桂の価値 = 2×2 = 4点

 

となり、谷川理論による駒の価値と一致します。また、歩、銀、金の3種類の駒は、駒のスピードが一手で1マスなので、仮説1による駒の価値と同じです。すなわち、仮説3でも歩1点、銀5点、金6点のままです。

従って、仮説3は、飛び駒の3種類(香、角、飛)を除いて、残りの4種類(歩、桂、銀、金)の駒の価値を正しく説明することができます。

 

それでは、飛び駒(香、角、飛)はどうなるのか?

 

という疑問は当然浮かぶわけですが、その前に仮説3の妥当性を確かめるための少し変わった方法を考えてみます。


 

仮想駒「跳」の駒の価値

その方法とは、次のような考察からの仮説3の検証です。

 

2つ前のマス目にしか進むことができない“仮想的な”駒の価値は、1×2=2点が妥当だろうか?

 

仮に、この仮想駒の名前を「跳(跳兵)」とします。「歩(歩兵)」は歩くので1マスですが、「跳」は跳ねるので2マスということにします。注意点として、「跳」は前に2マス一気に進めますが、1マスだけ前に進むことはできません。(図1)

仮想駒「跳」の利き

もちろん、実際の将棋に「跳」のような動きをする駒は存在しません。しかし、このような想像上の駒を考えてみるのも面白い視点です。

 

果たして、この「跳」の価値は2点ぐらいはあるのでしょうか?


 

駒の価値の比較:「歩」vs「跳」

まずは、「歩」と「跳」を比較します。「歩」は将棋で最も価値の低い駒で、谷川理論による駒の価値は1点です。

 

同じ筋での「歩vs跳」を想定すると、2マスの距離(図2の2筋)では「跳」が「歩」を一方的に当たり(取り)にできるので有利です。しかし、1マスの距離(図2の5筋)までもぐり込まれると、今度は「歩」が「跳」を一方的に当たりにできます。3マスの距離(図2の8筋)で向かい合った「歩」と「跳」は膠着状態になります。このように考えると、「歩」と「跳」は互角のようにも思えます。

同じ筋での歩vs跳

 

しかし、「跳」の方が駒のスピードが速いので、それが生きるような状況も十分に考えられます。図3から▲5五跳△5四歩▲5三跳成のような場合です。

跳の優位性

この場合の「跳」は、「歩」に1マスの距離までもぐり込まれる前に、2マスの距離で先に「歩」を当たりにしています。さらに、桂のように「歩」よりも早く敵陣に到達できます。駒のスピードが速いという性質は、攻めの場合に真価をを発揮しやすいです。

 

もう一つ別の観点からも「歩」と「跳」を比較できます。

「歩」は玉、馬、金、銀に対して一方的に当たりにすることはできません。しかし、「跳」は桂のように、玉、馬、金、銀を一方的に当たりにすることができます(図4)。この点では、「歩」に対する「跳」の明確な優位性があります。

跳の明確な優位性

一方的に当たり(取り)にできる駒の比較

「歩」の場合:(跳)、桂、角

「跳」の場合:歩、桂、、角、

 

これらの観点から「歩」よりも「跳」の価値の方が高いと言えます。

従って、「跳」には「歩」の1点よりも大きな価値をつけるべきでしょう。そして、「跳」の価値は1手で2マス進めるスピードに由来していることに注目すべきです。

 

歩(1点)< 跳


 

駒の価値の比較:「香」vs「跳」

次に、「香」と「跳」の比較です。「香」の谷川理論による駒の価値は3点です。

 

同じ筋での「香vs跳」は、距離が2マスの場合以外のほとんどで「香」に軍配が上がります。1マスの距離に「香」がもぐり込んでいる場合以外では、「跳」は「香」の利きから逃げることも不可能です。

 

利きの数を比較すると、「跳」はたったの1マスであるのに対して、「香」は最小1マスから最大8マスまで利きがあります。この点でも「香」の方が優れています。

 

「跳」の唯一のメリットは、「香」とは異なり合駒が利かないことです。この点で「跳」は桂と似ています。ただし、合駒の効果の一つである「利きの数を減らす」については「跳」は関係ありません。もともと1マスしか利きがないので、合駒が利かなかったところで、やはり1マスしか利きがないわけです。一方で、「香」は合駒されても、合駒のあるマス目には利きが届いているので、少なくとも1マス以上の利きはキープしています。このような観点から、合駒が利かないことを過大評価しない方がよさそうです。

 

また、大駒とのコンビネーションを考えると、「跳」は角との相性がよさそうです。角と桂のコンビネーションのような手筋を、角と「跳」でも実現できそうです(図5)。図5は▲7四跳とした局面で、7二の金を狙っています。5五角の利きがあるので△7四同歩と取ることができません。

角と跳のコンビネーション

とはいえ、「香」は飛車との相性がよいので、「香」と「跳」の価値の比較において、大駒とのコンビネーションの差が決定的であるとは思えません。

 

これらを総合すると、「香」の方が「跳」よりも駒の価値が高いと言えます。

 

跳 < 香(3点)

 

この結果を、先ほどの「歩vs跳」の考察の結果と合わせます。

 

歩(1点)< 跳 < 香(3点)

 

上記の駒の価値の順番だとすると、仮想駒「跳」の価値は2点に近いと考えてもよさそうです。従って、仮説3は「跳」についても、それなりの妥当性があると考えられます。ただし、「跳」の点数が、歩(1点)に近いか香(3点)に近いかについては議論の余地があります。

 

「香」と「跳」では、多くの場合で「香」の方が強力な駒です。しかし、合駒が利かない「跳」の方が役立つ場合もあります。このような関係性は、駒の価値としては1点差である「銀と桂の関係性」に似ています。

 

銀と桂の場合も、1対1の関係性では銀が圧倒的に強いです。(参考記事:将棋の格言「桂先の銀、定跡なり」の分析:3つの関係性

そして、もちろん銀の方が役に立つ場合も多いですが、桂の方が役に立つ場合も少なくないです。

 

このような銀と桂の駒の価値が1点差であることを参考にして、「香」と「跳」の価値もおおよそ1点差ぐらいと考えてもよいのではないでしょうか。


 

駒の価値の比較:「桂」vs「跳」

「跳」と「桂」を比較すると、駒のスピードは一手で2マスで同等ですが、利きが2マスある桂の方が明らかに駒の価値が高そうです。例えば、「跳」は両取りができませんが、「桂」は両取りができます。すると、「跳」には「桂」の4点よりも小さな価値をつけるのが妥当です。

 

跳 < 桂(4点)

 

さらに、駒のスピードは同じで、「桂」は利きの数が2倍なので、「跳」の価値は「桂」の2分の1ぐらい(2点ぐらい)と考えることもできます。


 

仮想駒「跳」の価値のまとめと「スピード仮説」

以上の議論から、仮想駒「跳」の価値について、

 

歩(1点)< 跳 < 香(3点)< 桂(4点)

 

の大小関係になります。やや大雑把ですが、「跳」の価値はおおよそ2点ぐらいと考えても、それなりの妥当性があります。

従って、仮説3は「跳」の価値についても適用できることがわかりました。

 

 

今回の記事では、考察のための仮想駒として「跳(跳兵)」を採用しました。

他にも、

 

・射程2マスの香のような利きを持つ仮想駒

・前に3マスの地点だけに利きがある仮想駒

・桂と似た動きで、前に3マス、左右に1マスの地点に2つ利きがある仮想駒

 

など色々な仮想駒が考えられます。「跳」は歩の価値と比較しやすく、桂の価値とも比較しやすいので、仮説3の検証のためには最も適当な仮想駒といえるのではないでしょうか。

 

さて、仮説3を再掲します。

 

仮説3:駒の価値は、(利きの数)×(駒のスピード)である。

 

この仮説3は、「歩」、「桂」、「銀」、「金」の4種類の駒、そして仮想駒「跳」についても適用できる仮説ということがわかりました。しかし、一方で、飛び駒(香、角、飛)をどのように評価するかという問題点が残っています。この点については、次回以降の記事で取り上げる予定です。

 

駒の価値の研究シリーズ
前回:将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート
次回:香の価値は2.75点?

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将棋の駒の価値の理論化:谷川理論からのスタート https://shogijugem.com/koma-no-kachi-rironka-59 Wed, 30 Mar 2016 01:24:30 +0000 https://shogijugem.com/?p=59 駒の価値の研究シリーズを始めます。最初にスタート地点として、プロ棋士の谷川浩司さんによる駒の価値の評価である「谷川理論」を紹介します。そして、駒の価値の本質を探るためのさまざまな方法を試みます。実戦の荒波に耐えうるような...

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駒の価値の研究シリーズを始めます。最初にスタート地点として、プロ棋士の谷川浩司さんによる駒の価値の評価である「谷川理論」を紹介します。そして、駒の価値の本質を探るためのさまざまな方法を試みます。実戦の荒波に耐えうるような駒の価値の理論は生まれるのでしょうか?

 

駒の価値の研究シリーズ(No.1)
次回:将棋の駒の価値のスピード仮説と仮想駒「跳」

 

駒の価値の基本(谷川理論)

最初に駒の価値の基本について述べます。

『谷川浩司の本筋を見極める(谷川浩司著、NHK出版、2007年)』によると、駒の点数は、歩1点、香3点、桂4点、銀5点、金6点、角8点、飛車10点となっています(以後、「谷川理論」と呼びます)。駒の損得を考えるときに、この点数を基本にします。

ただし、成り駒の点数については省略しています。また、玉は将棋のルール上、取られると負けになってしまう特別な駒です。玉については、駒交換などはできないので、駒の価値として数値化できません。

 

谷川理論の駒の価値(点数)

 

歩と香の交換なら歩1点、香3点なので、香を取った方が駒得です。また、銀と角の交換なら銀5点、角8点なので、角を取った方が駒得になります。駒の価値が、歩<香<桂<銀<金<角<飛車、の順番になるわけです。駒交換のときに、駒得になるか、それとも駒損になるかは、駒の価値の順番を考えればすぐにわかります。

駒の価値の順番だけではなく、点数の大きさも重要です。銀を金と交換すると、銀5点、金6点のたった1点差で小さな駒得ですが、銀と飛車の交換だと銀5点、飛車10点で5点差もあるので、飛車銀交換は大きな駒得になります。

 

谷川浩司さんは、タイトル27期の実績を持ち、十七世名人の資格を持つ、将棋界の歴史の中でも指折りの大棋士です。その谷川浩司さんの経験に基づいた駒の価値の感覚なので、歩1点、香3点、桂4点、銀5点、金6点、角8点、飛車10点という駒の点数の信頼性は非常に高いと思います。アマチュア向けに説明がわかりやすいように、単純化した部分も大いにあると思いますが、駒の価値の真実にかなり近い点数であることは間違いないでしょう。(棋書『谷川浩司の本筋を見極める』では、様々なケースにおける駒の価値の考え方についての解説があります。)

 

駒の価値の理論化

さて、本記事のテーマは「駒の価値の理論化」です。駒の価値の真実は「谷川理論」に近いということを頭の片隅に入れつつも、少し頭でっかちになってみて、経験や感覚ではなく理屈で、駒の価値を考えてみるのも面白いです。

取っかかりとしてまず、歩、銀、金の3種類の駒に注目します。谷川理論による駒の点数はそれぞれ、歩1点、銀5点、金6点です。

 

これらの3種類の駒だけを並べると何かに気が付きませんか?

 

実は、歩、銀、金の3種類の駒については、「駒の点数」と「利きの数(利きがあるマス目の数)」が一致します。歩は前に1マスだけなので合計1マス、銀は前方3マスと斜め後ろの2マスで合計5マス、金は前方3マスと横2マスと真後ろ1マスで合計6マスの利きがあります。これらの利きの数の合計は、谷川理論の駒の点数と一致します。

 

そこで、次のような仮説を立ててみます。

 

仮説1:駒の価値(点数)は、利きの数と同じである。

 

駒の価値と利きの数

上記の「仮説1」を検証するために、各駒の「利きの数(利きがあるマス目の数)」を整理してみましょう。

 

歩:1マス

香:1~8マス・・・香の位置と、利きを止める駒の位置による。

桂:2マス

銀:5マス

金:6マス

角:1~16マス・・・角の位置と、利きを止める駒の位置による。

飛:2~16マス・・・飛の位置と、利きを止める駒の位置による。

 

香と角と飛車は、いわゆる「飛び駒」です。利きが遠くまであるのですが、敵の合駒や味方の邪魔駒などで利きを止められると、利きの数が減ってしまいます。また、香なら盤面の上の方にあるほど利きが少なくなりますし、角は盤面の端の方にあるほど利きが少なくなります。

細かく言うと、桂、銀、金も盤面の端にあると利きが少なくなりますが、ここでは駒の価値を大雑把に考えているので、気にしないことにします。また、味方の駒に「ヒモ」を付けているマス目も(駒をそのマス目に移動させることはできませんが、駒の利きが働いていると言えるので)利きの数にカウントしています。

 

香、角、飛車の利きの数は状況によって変動があるので、次のような方法で大雑把に平均値を見積もります。

香の利きの数は、1~8マスの単純な平均値をとって、平均4.5マス((1+8)/2 = 4.5)とします。同じように、角と飛車の平均値をとると、角が平均8.5マス((1+16)/2 = 8.5)、飛車が平均9マス((2+16)/2 = 9)になります。

これらの平均値を使ってもう一度整理すると、

 

歩:1マス

香:4.5マス(平均)

桂:2マス

銀:5マス

金:6マス

角:8.5マス(平均)

飛:9マス(平均)

 

となります。

これらの数字と、谷川理論の駒の価値を比較すると、まあまあ悪くない感じです。「仮説1」では、香の価値が過大評価(3点→4.5マス)されていて、桂の価値が過小評価(4点→2マス)されているのは気になりますが、突拍子もない数字ではありません。角(8点→8.5マス)と飛車(10点→9マス)の数字が、谷川理論の駒の価値にかなり近いことには驚かされました。

さらに、「仮説1」は駒の価値の「順番」をかなりよく反映しています。利きの数(平均値)の順番は、歩<桂<香<銀<金<角<飛車、になります。桂と香の順番だけ逆になっていますが、それ以外はすべて谷川理論で正しいとされる駒の価値の順番を反映しています。

このように考えると、

 

仮説1:駒の価値(点数)は、利きの数と同じである。

 

は、正確性にやや欠ける部分はあるが、そんなに悪くはないと言えます。

 

理論と現実

とはいえ、このような単純な方法で駒の価値が簡単に理論化されていいのでしょうか?

そもそもこの「仮説1」自体が単純かつ大雑把ですが、上記の平均値の求め方にしても、かなり雑なやり方です。ただし、大雑把なやり方でそれなりに上手く行っている場合、(精度としては不十分かもしれませんが、)その仮説が何かしらの本質を捉えている可能性は高くなります。

理論化の意義の一つは本質を捉えることだと思います。逆に、本質を捉えているからこそ理論化ができるという側面もあります。

そして、理論化のもう一つの意義は実用性です。将棋の場合は、現実のさまざまな局面における駒の価値を適切に算出できることが重要です。

現実をよく反映しているほど優れた理論で、現実とかけ離れた理論は、理論と言うよりはただの机上の空論です。ただし、机上の空論と言っても、必ずしも頭から馬鹿にできるわけではなく、興味をそそられるような面白い理論(仮説)もあると思います。また、現実とかけ離れているのに説得力だけはある理論(仮説?理屈?)も存在するでしょう。しかし、現実とかけ離れた理論は、実用性という点では使い物になりません。

将棋の場合は、あまりにもおかしな駒の価値で局面を考えていると、形勢判断を大きく誤り、簡単に負けてしまうでしょう。すなわち、実戦という現実によって机上の空論は淘汰されるわけです。

 

今回の「仮説1」については、トップ棋士の経験と感覚に裏付けされた谷川理論と比較して、

 

どうして、香の価値が過大評価されたのか?

どうして、桂の価値が過小評価されたのか?

どうして、角がやや過大評価されたのか?

どうして、飛車がやや過小評価されたのか?

 

など、気になる点が多々あります。これらの疑問点については、次回以降の記事でじっくりと考えてみます。

 

駒の価値の研究シリーズ
次回:将棋の駒の価値のスピード仮説と仮想駒「跳」

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