5-1. プロ棋士 | じゅげむの将棋ブログ https://shogijugem.com 将棋の戦法や定跡のまとめ、囲い、格言、自戦記、ゆるゆる研究シリーズなど。 Thu, 06 Oct 2016 18:45:34 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=5.5.3 111067373 佐藤天彦名人はどのくらい将棋ソフトを使ってるの? 研究の中でソフトが占める割合は・・・ https://shogijugem.com/amahiko-computer-3631 Sat, 01 Oct 2016 00:30:42 +0000 https://shogijugem.com/?p=3631 今年の将棋界の大きなニュースとして、佐藤天彦名人の誕生は記憶に新しいところです。 名人位を奪取する前も、王座戦と棋王戦の挑戦など目覚ましい活躍が続いていました。 もう一つ、最近の将棋界で常にホットな話題となっているのが将...

The post 佐藤天彦名人はどのくらい将棋ソフトを使ってるの? 研究の中でソフトが占める割合は・・・ first appeared on じゅげむの将棋ブログ.

]]>
佐藤天彦

今年の将棋界の大きなニュースとして、佐藤天彦名人の誕生は記憶に新しいところです。
名人位を奪取する前も、王座戦と棋王戦の挑戦など目覚ましい活躍が続いていました。

もう一つ、最近の将棋界で常にホットな話題となっているのが将棋ソフト関連です。
電王戦FINALから1年以上が過ぎた現在でも、最も刺激的な話題であり続けています。

今回の記事では、「佐藤天彦名人×将棋ソフト」をテーマにして考えたいと思います。
渡辺明竜王や羽生善治三冠にも登場していただきました。

 

佐藤天彦名人はどのくらい将棋ソフトを使っているのか?

渡辺明竜王と佐藤天彦名人の比較

羽生善治三冠と棋譜データベース

 

佐藤天彦名人はどのくらい将棋ソフトを使っているのか?

話題の新書『不屈の棋士(大川慎太郎著、講談社現代新書、2016年)』の前書きによると、

佐藤天彦名人「研究の中でソフトが占める割合は3割くらい」

『不屈の棋士(大川慎太郎著、2016年)』

ん?

3割ってそれなりの割合ですね。

いやいや、「研究の中の」3割だからそんなに大したことないかも?

 


不屈の棋士 (講談社現代新書)

 

プロ棋士の主な勉強方法は、実戦、詰将棋、研究(棋譜並べなどを含む)の3つです。

ただし、プロ棋士同士の研究会で行われるVS(1対1の練習対局)などは、上の3つの中では「実戦」に入りますが、これを「研究」と呼ぶプロ棋士もいると思います。

佐藤天彦名人の言う「3割」が、将棋の勉強全体の中での3割なのか、狭い意味での「研究」の中での3割なのかは不明です。

 

仮に、狭い意味での研究の割合を5割とします(実戦、詰将棋を除いて)。最新流行形を頻繁に採用している佐藤天彦名人なので、研究の割合は低くはないでしょう。

すると、5割の3割なので、ソフト研究が占める割合は15%ということになります。

将棋の勉強全体の3割だった場合は、そのままなので30%です。

どちらかは不明ですが、佐藤天彦名人が将棋ソフトを使っている割合はおおよそ15~30%と予想できます。

 

15~30%という数字は多いのか? それとも少ないのか?

たとえば、1日7時間将棋の勉強をした場合、15%で1時間ぐらいになるので、15~30%は1日1~2時間ぐらいです。

じゅげむ自身は何らかのプロフェッショナルではないので実感はわかないのですが、たとえば、「1日7時間ぐらい練習に費やしているプロの音楽家が、1日1~2時間はコンスタントに時間をかける練習法」と考えてみたらどうでしょうか?

 

名人、けっこうソフト使ってるよ・・・

 

少なくとも、将棋の勉強全体の中で、ソフト研究が主要な一部分を占めているのは間違いないと言えます。

将棋ソフトで研究することは、やっぱり重要なんでしょうか?

しかし、渡辺明竜王は(勝敗については)ソフトの影響はあまりないと言っていますし、実際のところはどうなんでしょうか?

将棋ソフトで研究すれば勝てるのかを、渡辺明竜王がたった一言で説明しているけど・・・
将棋ソフトとプロ棋士の関係は、最近の将棋界の大きなテーマの一つです。 最も刺激的で荒れやすいテーマでもあります。 ソフト...

 

渡辺明竜王と佐藤天彦名人の比較

弱点を補うためにソフトを使うのが効果的というのがじゅげむの説です。

あくまでも、単なる仮説です。

 

渡辺明竜王と将棋ソフト

渡辺明
出典:https://kifulog.shogi.or.jp/kiou/

まず、逆にソフトで強化できる部分が自分の弱点ではない場合はどうか?

たとえば、渡辺明竜王は研究家でスペシャリストとして有名です。もともと序中盤の研究は将棋界トップクラスで、他のトップ棋士と比べても強みがある部分と言えるでしょう。

もちろん、渡辺明竜王は将棋ソフトの有無は関係なく超強い棋士です。さらに言えば、ソフトがない将棋界の環境の方が有利な棋士だと思います。

実は、以前の記事で引用した「現状ソフト研究が浸透していても、勝つ人は以前と変わっていません。」という渡辺明竜王のコメントには、

渡辺明竜王「・・・将棋連盟がソフトを配布するぐらいなら、いっそ禁止した方がいい気がします。これは大事なことですが、現状ソフト研究が浸透していても、勝つ人は以前と変わっていません。」

不屈の棋士(大川慎太郎著、2016年)

という前置きがあるんですね。

渡辺明竜王が「将棋ソフトは禁止になってもいい」と思っているのは間違いないです。このことから推察すると、渡辺明竜王は「ソフトがない環境の方が自分にとって有利」だとおそらく自覚しています。

そして、ソフトがない環境の方が竜王にとって有利な理由は、将棋ソフトで強化できる部分と渡辺明竜王の本来の強みが近いからだと思います。すなわち、ソフト研究の広がりによって、将棋界全体の序中盤の研究レベルが上がると、渡辺明竜王の本来の強みを生かしにくくなるというわけです。

 

それに加えて、もう一つ気になる点があります。

評価値という数値による形勢判断が将棋ソフトの特徴です。最近はソフトの影響で、点数で形勢判断をする棋士が増えているそうです。

しかし、渡辺明竜王はもともと(コンピュータ将棋の影響とは関係なく)、加点・減点方式に近いやり方で形勢判断をしていたようです。

僕は現役屈指の理論派ですから。たとえば桂得してプラス何点。その後にミスをしてマイナス何点というように差し引きしています。

渡辺明の思考:盤上盤外問答(2014年)、p.25

すなわち、形勢を数値化するという手法は、渡辺明竜王にとっては何ら目新しい技術ではないということになります。既に、あの形は何点ぐらいで・・・という感覚が染みついているので、ソフトの形勢判断の手法から学べることは少ないでしょう。

さらに付け加えると、渡辺明竜王の長所の一つが無理気味の攻めをつなぐ技術です。この点についても、将棋ソフトから学びやすい部分と竜王の強みに似たところがあります。将棋ソフトに感化されて、攻めへの意識を高め、結果を出している他のプロ棋士はいます。しかし、渡辺明竜王はもともとその部分を大きな強みの一つとして勝負してきた棋士なので、やはり将棋ソフトから学べることは相対的に少ないと思います。

 


渡辺明の思考: 盤上盤外問答

 

佐藤天彦名人の場合

一方で、佐藤天彦名人は、(渡辺明竜王と比べると)研究家やスペシャリストとしてのイメージが薄いです。あくまでも、渡辺明竜王と比較すると・・・という話です。竜王の場合は「徹底したデータ調査」「(ぬいぐるみなどの)収集癖」「好き嫌いの激しさ」「理論化への志向」など、研究家やスペシャリストになりやすい性質がこれでもかというぐらいに重なっている感じです。それに比べると、佐藤天彦名人のスペシャリスト的な性質はやや弱そうです。

もちろん、佐藤天彦名人が「横歩取り」を得意としていることは有名です。ものすごく研究しているでしょうし、結果を出しているので、横歩取りのスペシャリストと言ってもいいと思います。しかし、忘れてはならないのは、横歩取りを外された時でも佐藤天彦名人は非常に強いということです。佐藤天彦名人の本来の強みが、おそらく別のところにあるからです。

 

それでは、佐藤天彦名人の本来の強み(それも、トップ棋士の中でも際立つような強み)というのは、どのような点にあるのでしょうか?

この問いに対するヒントとして、渡辺明竜王の次のコメントを引用します。

彼の(佐藤天彦名人の)形勢判断は、棋士の平均よりも互角の範囲が広いんだと思います。

『将棋世界2015年11月号、p.24』

これが本当だとすると、佐藤天彦名人の大きな特徴です。また、名人の将棋観がよく現れていると思います。しかし、形勢判断が細かくなくて大らか(悪く言えば大雑把)であることは、強みというよりもむしろ大きな弱点にはならないのでしょうか?

 

ところで、中原誠十六世名人が楽観派であったことは有名です。楽観的であることも、「形勢判断における大らかさ」と捉えることができます。高いレベルの将棋では、わずかな優勢を得るために激しく競り合いますので、形勢判断の大らかさはやはり将棋の弱さに結びつくと考えてしまいそうです。しかし、ご存じのように、中原誠十六世名人は一時代を築いた将棋界の歴史の中でも指折りの大棋士です。

面白いのは、「形勢判断を細かくすることが必ずしも有利には働かない」という可能性があることです。それどころか、中原誠十六世名人や佐藤天彦名人の例を考えると、「形勢判断の大らかさが強みにすらなり得る」ことが示唆されます。

 

中原誠十六世名人や佐藤天彦名人に共通する(かもしれない)3つの強み

「形勢判断の大らかさが強みにすらなり得る」・・・これは一体どういうことなのでしょうか?

3つの観点から考えたいと思います。

 

1つ目は、中終盤の強さです。中終盤が同世代の奨励会員や他のプロ棋士と比べて強ければ、微差で悪いぐらいの局面から逆転勝ちすることが多くなります。そうすると、勝利の経験という実感を伴って、「このくらいはいい勝負」と判断される形勢の幅が広くなるのは自然です。中原誠十六世名人も佐藤天彦名人も中終盤の強さは共通しています。

しかし、この場合は「中終盤の強さ」が本質的な強みであって、「形勢判断が大らか」なことが有利な要素になり得ることの説明にはならないです。「中終盤が強く」かつ「形勢判断が細かい」であってもよいからです。

 

2つ目は、(「形勢判断」と対比して)「読み」の重視です。

まず、「読み」の力が強ければ、中終盤の強さにつながるのは当たり前です。この点で、1つ目の観点と2つ目の観点には重なる部分があります。

しかし、「形勢判断の精度」と「読みの深さ」には相反する部分もあります。

読みの打ち切りの判断は、打ち切る局面の形勢判断に左右されます。形勢判断が細かくなることで、読みの打ち切りが早くなり、読みの深さに影響が出る可能性があります。

また、それ以前の問題として「有力そうな手から読む」という時点で既に、無意識に形勢判断の要素が含まれています。形勢判断を厳しくすることで、読みの幅を狭くしていることは十分に考えられます。

 

深い読みに定評のある棋士として有名な佐藤康光九段の言葉から引用します。

私は対局中には「いま自分が有利か不利か」という形勢判断はあまり意識しないようにしている。

長考力(佐藤康光著、2015年)、p.23

衝撃的な内容です。これを読んだ時には非常に驚きました。「形勢判断は極めて重要で、決して軽視してはならない」という先入観があったからです。

この本では、「読みの深さ」と「形勢判断の精度」がトレードオフになるような状況についても書かれています。だからこそ、佐藤康光九段は意識的に形勢判断を少なくしています。

「形勢判断が大らかな方が深く読める」のであれば、強みとして立派に成立しています。

 


長考力 1000手先を読む技術 (幻冬舎新書)

 

3つ目は、形勢判断の評価軸の多様性です。

同じ互角でも、様々な互角があります。また、評価軸を増やせば増やすほど優劣の決定は難しくなります。

将棋の局面には単純な優劣だけではなく、「選択肢の広さ」「主導権の有無」「指し手の難しさ」「勝ちやすさ」「直感的に浮かびづらい手順かどうか」などの様々な要素があります。同じ局面でも、多様な視点から眺めることができます。

「互角の幅の広さ(あるいは形勢判断の大らかさ)」が「多様な視点を持つ」ことを意味するなら、それは単に大雑把という話ではなくなります。「多様な視点を持つことは強みである」という考え方も生まれます。

ご存じのように、中原誠十六世名人は「自然流」の異名を持つように、非常にバランスの取れた大局観の持ち主として有名です。

これは、2つ目の「読みの重視」とも関連しており、評価軸の多様性と読みの幅広さはリンクしています。なぜなら、「読み」と「形勢判断」は別々に切り離せないからです。

 

佐藤天彦名人の本来の強みは何か?

「佐藤天彦名人の本来の強みは何か?」という話の本筋に戻ります。

渡辺明竜王とは異なり、「序中盤の研究レベルの高さ」が佐藤天彦名人の本来の強みとは思えません。それよりはむしろ、佐藤天彦名人はもともと別の強みを持っていたので、その強みに「序中盤の研究レベルの高さ」が加わることによって飛躍した、と考えた方が納得できます。

 

本人の言葉を調べてみると、やはり序中盤は昔からの強みではなく、むしろ苦手意識を持っていたことが分かります。

昔はもっと終盤偏重型でした。序盤中盤が雑で、ほぼ終盤力に頼ったような指し方でした。奨励会三段までは序盤の勉強の仕方さえもよく分からないみたいなところもあって(笑)。

『将棋世界2015年10月号、王座戦挑戦者インタビューより』

 

佐藤天彦名人の強みについて、他のプロ棋士はどのような見方をしているのでしょうか?

阿久津主税八段「天彦君は差を広げられずについていく技術がずば抜けている。・・・相当苦しいと思うけど、天彦君の中では頑張れるレベルなんでしょうね。懐が深くて、中原名人みたいな大局観だ。」

『A級順位戦総括 & 名人戦展望対談(将棋世界2016年5月号)』

村山慈明七段「以前からですが、天彦は自分の将棋に相当自信を持っています。悪手を指した感触のないような多少の不利なら、終盤の粘りと逆転術で勝つことができると見ているのではないでしょうか。」

『将棋世界2015年11月号、p.24』

戸辺誠七段「以前の天彦さんは、腕力はあったけど序盤だけは苦労していた。順位戦でもよくベテランの先生のうまさにやられていた。そこが改善されたのだと思います。」

『将棋世界2016年4月号、p.28』

このように、他のプロ棋士の目線でも、中終盤の評価の方が高いことが分かります。

 

特に、佐藤天彦名人の中終盤の粘りや逆転術には定評があり、『佐藤天彦の積み重ねの逆転術(将棋世界2016年3月号)』という講座になっているぐらいです。この講座では、形勢が悪い局面での様々な考え方のパターンについて解説されているのですが、最後にとても印象的な一文があります。

将棋というゲームは勝ち負けを争うのが前提ですが、いろいろな要素や価値観があります。優勢のときにうまい勝ち方をするとか、互角のときに豪腕で乗り切るとか。それと同じで、悪いときにどう耐えるか、しのぐかも将棋の醍醐味のひとつなのです。そう思えれば、非常に苦しい局面でも興味をもって考えられるでしょう。僕も実際、そういう気持ちで悪い局面を指しています。

『佐藤天彦の積み重ねの逆転術(将棋世界2016年3月号)』

逆転勝ちが得意な棋士の中でも、致命傷を避けるのが得意なタイプ、開き直って悪い局面を面白がるタイプ、不屈の精神力を持っているタイプ、逆転の雰囲気を作るのが上手いタイプなど、その特徴は様々だと思います。

佐藤天彦名人はどのようなタイプに見えるでしょうか?

いずれにしろ、佐藤天彦名人が昔から得意だったのは中終盤の方で、特に逆転術に強みがあるというのが事実のようです。

 

将棋ソフトの逆転術に欠けている2つの要素

コンピュータ将棋

ところで、悪い将棋をどのように逆転したらいいのか、将棋ソフトの読み筋や評価値は教えてくれるのでしょうか?

ある程度は教えてくれるでしょうが、将棋ソフトの一番の強みは逆転術ではないと思います。

 

その1つ目の理由は、評価関数が逆転術のためには最適化されていないからです。

将棋ソフト同士の対局では、「評価値が500を超えるとまず逆転しない」というような基準があるようです。そうすると、将棋ソフトにとって最も重要なのは、評価値で500以上の差をつけられないことになります。このことから、将棋ソフトは評価値500以内の領域における形勢判断の精度が高くなるように評価関数が最適化されていると予想できます。

しかし、「将棋の逆転術」という言葉を使うときに、普通はもっと形勢が離れた局面からの逆転を意味することが多いと思います。

 

2つ目の理由は、評価値という唯一の判断軸を設定しているからです。

評価関数自体は無数の判断要素が含まれている複雑なブラックボックスです。しかし、評価値という数字に落とし込む時点で、判断軸の多様性は失われます。

たとえば、評価値がほぼ同じで、具体的な指し手が非常に難しい局面と、指し手が分かりやすい局面の2つがあるとします。このような場合、指し手の難しさに関係なく、評価値がたった1点でも有利な方をソフトは選ぶでしょう。将棋ソフトは、「手順の難解さ」「勝ちやすさ」などの価値観を持っていません。

 

これらの2点から、将棋ソフトの一番の強みは逆転術にはないと予想できます。それに伴い、将棋の勉強法や研究法としても、将棋ソフトで一番強化しやすいのは逆転術の部分ではないと考えられます。

 

佐藤天彦名人と将棋ソフトのまとめ

佐藤天彦名人の強みは、中終盤での粘りや逆転術にあります。また、その強みは価値観や評価軸の多様性に基づいている可能性があります。一方で、形勢判断における将棋ソフトの強みは評価値500以内の領域にありますし、逆転に必要な視点の一部は明らかに抜け落ちています。したがって、佐藤天彦名人の本来の強みと、将棋ソフトで最も強化できる部分は一致していないと考えることができます。

このことから、佐藤天彦名人の相対的な弱みの部分を、将棋ソフトでの研究が上手く補っている可能性が十分に考えられます。

 

羽生善治三冠と棋譜データベース

羽生善治
出典:https://kifulog.shogi.or.jp/ouza/63_05/

コンピュータが将棋界に大きな影響を与えたのは、将棋ソフトが初めてというわけではなく、実は昔にも「棋譜データベースの整備」という大変革がありました。

棋譜データベースの存在によって、序盤定跡の精密化、「新手一生」から「新手一局」の時代へ、勝率イメージによる戦型選択、など将棋界の環境ががらっと変わることになります。

この辺りのことは、「新しいテクノロジーの影響」という括りで別の記事でも書いています。

将棋界の大きな流れを読む~「技術革新」と「夢とビジョン」~
将棋界の大きな流れを考えたときに、何らかの「技術革新」が大きな影響を与えていることが多いと気付きます。 技術革新というと科学技...

 

棋譜データベースが整備されたのは、羽生善治三冠が20歳ぐらいの頃なので、羽生世代の活躍と密接に関わっていると思います。

そして、羽生世代で最も大きな成功をおさめたのがもちろん羽生善治三冠なので、棋譜データベースの恩恵を最も受けた一人であると言えます。羽生三冠は棋譜データベースがあろうがなかろうが最強の棋士だったと思いますが、棋譜データベースの出現が当時の将棋界において大きな環境要素になったのは間違いないです。

 

羽生善治三冠は、過去の寄稿やインタビューを集めた『羽生善治 闘う頭脳(2015年、文春ムック)』という本の中で、「覚える」と「発想する」のスイッチを切り替えるという表現を用いています。

「覚える(記憶)」と「発想する」は両方とも必要で、車の両輪のように働かせるのが肝要というのがその趣旨です。

しかし、個人の才能が「記憶」の方に偏っている場合もあるし、「発想」の方に偏っている場合もあると思います。もう片方が相対的に弱点になるというわけです。

じゅげむの個人的な意見ですが、羽生善治三冠の本来の強みは、どちらかというと「発想」の方にあると思っています。

私はプロになるまで、いわゆるデータについては、まったく勉強や研究をしていませんでした。すべての手を、実戦の場でとにかく一から考えていたのです。それでほとんどの対局において序盤でリードを許してしまい、中盤と終盤で何とかもがいて接戦にしていたという状態でした。プロになって序盤の勉強をはじめ、一年ぐらい経ったときに、やっと考えることと知識がかみ合い始めました。車の車輪が両方とも動いたという気がしたのです。

羽生善治 闘う頭脳 (2015年、文春ムック)

このように、もともと羽生善治三冠はデータに頼らずに自分の頭で考えるタイプです。

記憶力というものは、「覚える能力」だけではなく、「自分で発想した新しい手順と、データとして覚えている既知の手順のどちらを選びたがるか」というような性格的な傾向も含まれています。

羽生善治三冠が新しいチャレンジを好む性格であることはご存じだと思います。この点でも、どちらかというと「記憶」よりは「発想」の方がやや優位ではないかと考えられます。

 


羽生善治 闘う頭脳 (文春ムック)

 

渡辺明竜王と比べると分かりやすいのですが、竜王の方がわりと保守的で確実性を求めます。

何か新しい発想を思いついても、しっかりと研究して覚えてから実戦に投入するパターンが基本のようです。すなわち、渡辺明竜王の将棋の基本として、「発想」よりは「記憶」に重きを置いた戦略があります。

逆に考えると、羽生善治三冠の将棋はやはり「記憶」を最大限に生かすようなスタイルではないと思います。渡辺明竜王のようなタイプと比較すると、「記憶」の部分は相対的な弱みになっているはずです。実際に羽生善治三冠は、データが重要となる最新流行形よりも、タイトル戦番勝負のカド番でよく見せるようなやや力戦調の将棋の方がよく勝っている印象です。

 

このように、「記憶」あるいは「データの勉強や研究」は、羽生善治三冠にとって一番の強みではない部分になります。

羽生善治三冠の相対的な弱みが、氏の言葉通りに「データの勉強や研究」であったとすると、棋譜データベースはその弱点を補うのにぴったりのテクノロジーだった可能性があります。

あくまでも、最高峰のレベルでの相対的な弱みですよ? 羽生善治三冠の記憶力が弱点と言っているわけではないです。

羽生善治三冠にとって、自分の頭で考えて新しい「発想」を産み出すことが、利き手の右手を使うようなものだとします。そうすると逆に、「記憶」あるいはデータの勉強や研究は、利き手とは反対側の左手を使うことに対応します。そして、どうやら将棋というゲームは、右手も左手も器用に使えることが重要のようです。さらに言うと、右手と左手を同時(?)あるいは交互に使うことによって素晴らしい絵が描けるらしい・・・。

 

新しいテクノロジーをどのように味方につけるか?

最後に、将棋ソフトと棋譜データベースを「新しいテクノロジー」という括りでまとめて、共通する課題について書いて締めくくります。

新しいテクノロジーが生まれると競争環境が変化します。激変する場合もあります。そして、まず大事なのが「その変化が自分にとって有利に働くか不利に働くか」の判断です。

また、どのように有利にできるかが鍵となります。

一つの考え方として、「自分の弱点を補うためにテクノロジーを活用する」という方法は有力だと思います。

そのためにはまず、自分がどのようなタイプかを把握することが必要です。

持って生まれた才能は変えることができないし、また、やみくもな努力も効率が悪い。自分の特徴に気づき、適切な努力をすることこそが、これまでの自分を変えるための最良の方法なのではないだろうか。

覆す力(森内俊之著、2014年)』の前書きより

森内俊之九段は自著の中でこのように述べています。そして、同じ本の中で、自分がどういうタイプの棋士なのかを理解するために「島研」での経験が役に立ったと書かれています。島明九段、佐藤康光九段、羽生善治三冠の3人と比べることで、自分の本来の強みと相対的な弱みへの理解が深まったというわけです。

 


覆す力 (小学館新書)

 

不幸にもどうやら環境変化が自分にとって不利に働きそうだったら?

環境変化に対する人間の行動は、①環境への適応、②新天地の開拓、③現在のスタイルを固持、の3つのパターンに分かれます。

新天地の開拓は有力です。渡辺明竜王の阪田流向かい飛車などはその模索だと思います。

まさか渡辺明竜王が阪田流向かい飛車を指していたとは・・・
2016年9月8日の王将戦二次予選、▲佐藤天彦名人 vs △渡辺明竜王戦の棋譜を見てびっくりしました。 渡辺明竜王が阪田流向かい飛車を...

もし新天地を切り開けないならダメージコントロールをするしかないです。不利になることは承知で、それが致命的にならないように。気分的にはつらいですが、不利を認めてのダメージコントロールも立派な対応策です。

 

    

The post 佐藤天彦名人はどのくらい将棋ソフトを使ってるの? 研究の中でソフトが占める割合は・・・ first appeared on じゅげむの将棋ブログ.

]]>
3631
木村一基八段の最新ぼやき名言集(叡王戦:木村一基 vs 広瀬章人、解説:先崎学) https://shogijugem.com/kimurakazuki-meigen-3438 Sun, 17 Jul 2016 06:24:21 +0000 https://shogijugem.com/?p=3438 木村一基八段 vs 広瀬章人八段の叡王戦の感想戦より。 ぼやきの名言で有名な木村一基さんの台詞をまとめています。   「僕は考えすぎて不幸になったのか」「将棋界は厳しいよ」「おっさんにはできないですよ」「あんま...

The post 木村一基八段の最新ぼやき名言集(叡王戦:木村一基 vs 広瀬章人、解説:先崎学) first appeared on じゅげむの将棋ブログ.

]]>
木村一基八段の名言集(投了直後)

木村一基八段 vs 広瀬章人八段の叡王戦の感想戦より。

ぼやきの名言で有名な木村一基さんの台詞をまとめています。

 

「僕は考えすぎて不幸になったのか」「将棋界は厳しいよ」「おっさんにはできないですよ」「あんまりな展開」「そうか・・・泣きたい」

 

(上の画像は投了直後の両対局者の様子)

 

 

名言が生まれる木村一基八段の感想戦

感想戦が始まって10分ぐらいすると、

木村一基八段のぼやきにエンジンがかかってきます。

名言が生まれそうな予感です。

 

「いやー、これを負けるかね私は」

「いやー、まあしかしね、まあ、柄にもなく前に進んだから駄目なんだ」

「もう寄せようと思ってんだもんな、ひどいね」

 

「バカヤロウでしたね、しかし」

「桂馬跳ねるんだったよな、それで・・・」(下の画像の▲8五桂)

「寄せられたらお上手ですね、っつって終わって」

(笑)(広瀬八段)

木村一基八段の名言集(▲8五桂)

しかし、広瀬章人八段に▲8五桂に対する△3九馬を指摘されて・・・。

次から次へと、ぼやきが止まらない木村一基八段。

 

(3九馬・・・)(広瀬八段)

「3九馬・・・そうだそうだ、いやいやいや、3九馬、こんなんじゃ駄目だ」

 

「じゃあ、負けてんのか?・・・負けてんのか?・・・負けてるのかぁ・・・」

「そうか、おめでたい人だったか」

(笑)(広瀬八段)

「負けてんのか? あれれ? おめでたかったか、ただ・・・あーそう」

「じゃあ、負けかぁ・・・あれー、負けかぁ」

 

「だめか、じゃあ、おめでたかったのか」

「銀がまずかった・・・そうか・・・おめでたかったか・・・」

「おめでたい人・・・」

 

「そうか、そりゃあ無念だねえ」

「負けかぁ」

「なんだ・・・そっか」(心底残念そうな木村八段)

 

 

先崎学九段が感想戦に加わって、木村一基八段のぼやきが加速します。

 

「いやー、普通にやってるのが一番いいっすよ、たぶん」

「まあ、これもあったと思いますけど、難しいこと考えるよりも

 頭悪いんだから、もう普通にやってりゃ良かったですよ(怒)」

 

 

先崎学九段の名アシストから、木村一基八段の名言が生まれます。

 

「金打たれると?」

(あー、まあ打たれてから考える)(先崎九段)

「そうか、そういう人なんですね」

「そうか、そういう人が幸せになるのはわかってるんだけど」

「僕は考えすぎて不幸になったのか」

「ああ、神様って感じだなあ」

「何も考えない人の方が幸せになるんですよ」

 

 

木村一基八段の名言集(決め手にしたかった▲1五角)

自虐に走る木村一基八段。

「王様寄せないでこれを決め手にしようと・・・」(上図の▲1五角)

「病気ですか、こういう」

 

 

さらに自虐に走る木村一基八段。

「こわいけど、まあわたしだからね」

 


木村一基の初級者でもわかる受けの基本 (NHK将棋シリーズ)

 

名言? 迷言? 木村一基八段の謎のぼやき

木村一基八段の名言集(キラリと)

(取って△4三金じゃ負けだよね)(先崎九段)(上図の△6七金のこと)

「いやー、取って△4三金なら、流石にわたしもキラリと・・・」

(キラリと?(笑))(広瀬八段)

(キラリと)(先崎九段)

「ないんですか?」

(いや、わかんない)(先崎九段)

 

キラリと??? 思わず広瀬章人八段も聞き返す謎のフレーズです。

 

 

「こんだけもらってもいい勝負ですけどね、きっとね、たぶんね」

「ふるえるから、たぶん、ふるえるから」

 

「やっぱり間違えたか・・・」

 

木村一基八段の名言集(△6九角が詰めろに)

(△6九角が詰めろなのが悲惨だったんじゃ?)(先崎九段)(上図で)

「これは、なんとなくこう・・・なんとなくこうね・・・

 いや、どうでもいい人がやればあれだけど

 広瀬さんがやるなら詰めろだと、推定詰めろだと思いましたよ」

 

「・・・流石だと思いましたよ」

「しかし、それを上回るつもりが、はるかに下回ってて愕然としたなぁ」

 

 

木村一基八段のぼやきは絶好調です。名言が次から次へと生まれます。

 

「悪いと思いましたよ」

「こんなね、もう何の足しにもならない銀打って」

「どうなってんだと思いましたよ、わ・れ・な・が・ら」

 

「いや、冷たいですよ、世の中は」

 

「いや、あれ、なんでもないすもん」

「ひどいもんなぁ」

「そこら辺の石ころよりひどいですもんね」

「ひどいよなぁ」

 

 

木村一基八段の名言集(気合いの▲8二龍)

先崎学九段が指摘した手について検討中。

将棋界の厳しさをぼやく木村一基八段。

 

「気合いを込めてここ?」(上図の▲8二龍)

「でもなんか、歩ぐらいちょこんと打たれて、ぐうの音も出ない」

(ぐうの音も出ないか・・・)(先崎九段)

「駄目だなあ、もう、将棋界は厳しいよ」

(笑)(広瀬八段)

「もう、全然駄目だこりゃ」

「いやー、もう将棋界は・・・もう、

 そうか、まあ、長くいればいるほど、こう、つらい目にあってるねえ」

 

 

木村一基八段の名言集(遊び駒の▲2八銀)

遊び駒の銀をぼやく木村一基八段。

「この銀なんですか、誰ですかって感じだよねえ」(上図の▲2八銀)

 

 

「なんか、おかしくなってきた?」

「やればやるほどおかしくなる」

「なんか黙ってた方がいい」

「何も言わずに黙ってた方がいい」

 

 

「ひどいねえ、しかしねえ」

「ここで、ひっくり返されてるんじゃ」

「おっさんの要素丸出しじゃないか」

 

木村一基八段の口から、とうとう自分で「おっさん」発言が・・・。

 

 

下図の▲1一角成と香車を取らせた辺りの局面。

本局のポイントの一つで、感想戦の検討にも熱が入ります。

 

「しかし、香車を取らせてっていうのは、ぼくは感動しましたよ」

「いや、びっくりしましたよ。香得だからって発想じゃないんだね」

「いやー、これはちょっと才能を見せつけられたなと思った、内心ね」

 

「しかし、香損かぁ」

「香得して勝てないんじゃ、香落ちでも勝てないんじゃないか?」

「ひどいねえ」

 

「(馬の筋を)何か遮断されたときに・・・遮断法人・・・」

 

木村一基八段がマンモス???

 

木村一基八段の名言集(センスを問われる)

木村一基八段のぼやきに哀愁が漂ってきます。

 

「ここはセンス問われると思ったんですよ」(上図)

「しかし、センスは問われたって・・・」

「問われてるだけか・・・」

 

「こうですか」(上図から▲7九玉)

「これはだけど、おっさんにはできないですよ」

「気が短くなってるから」

(笑)(広瀬八段)

 

 

木村一基八段の名言集(ひねり出した手順)

上図から▲7七歩△同歩成▲同銀△7六歩▲同金△同銀▲同銀△同飛▲7七香で、後手の飛車を捕獲(下図)

 

先崎学九段に持ち上げられても、ぼやきで返す木村一基八段。

 

(でも、上手いことひねり出したと思ったよ。金から行くのは)(先崎)

「いやー、私はこうやって生きてきたもんで」

(いやいや、なかなか気がつかない手だよ)(先崎)

「いや、まあそうですけど、全然むくわれなかったな」

「生き方を否定された感じですよ」

(生き方ですか(笑))(先崎九段)

(笑)(広瀬八段)

木村一基八段の名言集(飛車の捕獲)

 

 

まだまだ、木村一基八段のぼやきは続きます。

 

「いやー、勝ちだと思って負けだった。ほんとおめでたいなぁ」

「正月みたいな人だよ」

 

 

先崎学九段が気になっていた手順を検討。

しかし、先手玉が詰んでも詰まなくても、

どちらにしろ木村一基八段が勝てない展開で・・・。

 

「ほんとにおもしろくないね」

(詰まなくても負けなんですけどね。詰むかどうかだけ(笑)(先崎九段)

「あんまりな展開」

「そもそも詰ますこと考えてないでしょ?」

(それを言われると身も蓋もないからなあ)(先崎九段)

「駄目なんだ、やっぱり不幸は不幸のままで終わるのか」

「つまんないねえ、こんなことがあるのか」

「駄目だよもう、神様、仏様・・・」

 

 

「泣きそうだよね」

「銀とかこう、いい手ばっかりやられてるよね。全然おもしろくない」

「全然、ちっともおもしろくない」

「いいとこばっかり見せつけられちゃって」

 

 

(広瀬八段の疑問手△5八飛に対して)

「ちょっとその気にさせて負かすつもりだったんだよな・・・きっと」

(笑)(広瀬八段)

「そういう人ですよ」

「そういう人だと思ったから」

 

 

木村一基八段の名言集(▲3七桂で勝ち筋発見か)

上図の▲3七桂で馬を取る手なら勝ちの可能性があり、先崎学九段にも指摘されて・・・。(先手の持ち駒に+角)

「そうなんですか」

「言ってくれればよかったのに」(解説者の先崎九段に対して)

「あれ? やる気十分か?」

「ひょっとしたらよかった?」

「まじすか、そうかいな・・・それはショックですねえ」

「気付かない方がよかったねえ」

「勝ちかもしんないんじゃないこれ?」

「ホントに?」

「ウソだといってくれ、っていいたいとこだが」

「そうか・・・泣きたい」

「俺勝ち? 勝ち?」

「あれ、俺なにやってんだよ、そうか」

 

 

感想戦もだんだん落ち着いてきます。

しかし、木村一基八段のぼやきに終わる気配はありません。

 

「取りましたと、打ちましたと、○してくださいと」

 

「欲張りでね、あくまでも欲張りで」

 

「なんだ、勝ってんのかよ、ひどいねえ」

 

「銀が悪手かあ、ひどいねえ」

 

「それはひどいですねえ」

 

「負けかぁ」

 

「まあ、流れは負けですね、やっぱり」

 

 

・・・・・・ようやく感想戦が終わりそうな雰囲気です。

 

「なんだ、けっきょく、いい感じになって、駄目だったってことですね」

「つまんないねえ」

「負けですね、負けか」

 

木村一基八段が締めの感想でまとめて感想戦が終わります。

 

「いやー、かえすがえす、やっぱり腹銀でしたね、悪かったのは」

「それと、もう一手落ち着いてから決行するんだったな」

「△4三金は才能あふれる対応だったか」

 

 

木村一基八段、お疲れ様でした。数々の名言をありがとうございます。

 

木村一基八段の名言集(対局中の表情)

ニコニコ生放送:2016年7月15日 叡王戦八段予選 木村一基八段 vs 広瀬章人八段

(6:46:00ぐらいから感想戦)

 


木村一基の初級者でもわかる受けの基本 (NHK将棋シリーズ)

The post 木村一基八段の最新ぼやき名言集(叡王戦:木村一基 vs 広瀬章人、解説:先崎学) first appeared on じゅげむの将棋ブログ.

]]>
3438
永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【中編】 https://shogijugem.com/nagasetakuya-habuyoshiharu-kiseisen-2-2883 Sun, 10 Jul 2016 02:39:00 +0000 https://shogijugem.com/?p=2883 「永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?」の【中編】です。   羽生善治 vs 永瀬拓矢戦の初対局から3局目までのポイントをまとめています。 最新流行形の初対局、永瀬新手で有名になった2局...

The post 永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【中編】 first appeared on じゅげむの将棋ブログ.

]]>
「永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?」の【中編】です。

 

羽生善治 vs 永瀬拓矢戦の初対局から3局目までのポイントをまとめています。

最新流行形の初対局、永瀬新手で有名になった2局目、長考合戦になった3局目のいずれも非常に面白い将棋です。それぞれの対局で、ポイントとなった勝負所が全く違います。

 

将棋界最強の羽生善治さんに対して、どのような将棋で3連勝したのでしょうか?

この秘密を探るには、1局1局を丁寧に分析するしかありません。

 

【前編】では、対局の時期と舞台、戦型についてまとめています。

永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【前編】
出典 kifulog.shogi.or.jp/kisei/ 永瀬拓矢六段は、現在タイトル戦で羽生善治棋聖と五番勝負を戦って...

このページの目次

初対局:最新流行形での羽生善治さんの誤算
2局目:永瀬新手 ~研究手での勝利~
3局目:序中盤の長考 ~永瀬拓矢さんの強い勝ち方~

 

初対局:最新流行形での羽生善治さんの誤算

2013年11月15日
棋王戦挑戦者決定トーナメント
戦型:横歩取り

将棋DB2の棋譜
2013年11月15日 棋王戦挑戦者決定トーナメント ▲羽生善治 vs △永瀬拓矢

 

羽生善治さんと永瀬拓矢さんの初対局です。

戦型は横歩取り△3三角戦法・△8四飛型です。
下図が序盤のポイントで▲4八銀を早めに上がっています。

永瀬拓矢vs羽生善治の初対局(棋王戦):横歩取りの最新流行形-23

『将棋年鑑2014』の調査によると、横歩取り△3三角戦法・△8四飛型に対して、▲4八銀を早めに上がる指し方が、2013年7月ぐらいからかなり流行しています。『将棋年鑑2014』に掲載の棋譜だけで20局以上です。

プロ公式戦の年間対局数がおそらく約2000局で、そのうち『将棋年鑑』に掲載されている棋譜は500局ぐらいです。すると、割合として4分の1ぐらいになるので、逆に『将棋年鑑』の4倍ぐらいの数が指されていることになります。

この大雑把な見積もりによると、▲4八銀はプロ公式戦で年間100局近く指されていてもおかしくない当時の最新流行形です。タイトル戦でも何度も現れています。

▲4八銀を早めに上がるメリットは、後手の指し方によって▲5八玉型か▲6八玉型を選択できることです。

上図からの指し手:△6二銀▲6八玉△7四歩▲4六歩(下図)

永瀬拓矢vs羽生善治の初対局(棋王戦):横歩取りの最新流行形-27

△6二銀で後手陣の左辺が一瞬壁型で、バランスも悪くなっています。この場合は▲6八玉と上がる手があります。上図の先手陣は相掛かりでよく現れそうな形です。

△6二銀の代わりに、△7二銀や△9四歩だと、▲6八玉ではなく▲5八玉の実戦例が多かったです。たとえば、△2四飛と飛車交換を迫られたときに、▲6八玉型だと飛車の打ち込みに対して先手陣のバランスが悪いようです。

上図からの指し手:△7五歩▲同歩△8六歩▲同歩△同飛(下図)

永瀬拓矢vs羽生善治の初対局(棋王戦):横歩取りの最新流行形-32

上図が本局の大きなポイントの一つです。

ここで実戦では、▲3三角成△同桂▲8八歩(左下図)でしたが、▲8七歩△7六飛▲3三角成△同桂▲6六角(参考図1)の選択肢もありました。2014年1月の▲横山泰明vs△佐々木勇気戦では、先手が参考図の手順を選んで勝利しています。

▲8八歩と下に打って我慢する形は、普通はあまり良い形ではありません。特に、▲6八玉型だと7九の銀が動けないですし、玉が近いので▲8八歩が壁になる危険性もあります。実際に、この後の局面で先手玉の左辺が壁型になり、最後まで苦しんだ一局となりました。

永瀬拓矢vs羽生善治の初対局(棋王戦):横歩取りの最新流行形-35永瀬拓矢vs羽生善治の初対局(棋王戦):横歩取りの最新流行形-参考図1

▲8八歩以下、△2五歩▲2八飛△7二金▲4七銀△8四飛▲3六歩△2四飛▲2七歩△7三銀▲7七金△8四銀▲6六金△7五銀(下図)と進みます。

先手は歩得で局面を収めたい所ですが、飛車の転換から△7三銀~△8四銀~△7五銀の進出が機敏で、どうやら後手の攻めがつながりそうです。△7五銀は一見タダ捨てのようですが、▲同金に△8六角の王手金取りで取り返せます。

永瀬拓矢vs羽生善治の初対局(棋王戦):横歩取りの最新流行形-48

上図の△7五銀の局面は既に後手ペースのようです。以下、▲同金△8六角▲7七歩△7五角▲7八銀△6四角▲3八金△4四歩▲3七桂△4五歩(下図)と進みます。

王手金取りで打った角が、△6四角から飛車のこびんの急所を狙います。△4四歩~△4五歩から先手陣の右辺は潰され、後手優勢になりました。

△8六角に対する▲7七歩~▲7八銀も左辺が壁になって疑問のようです。代わりに、▲7八玉~▲6八銀の方が勝っていました。

先手陣の右辺は潰される展開で、左辺は壁形の悪形です。ここからは永瀬拓矢さんがそのまま押し切って勝利しています。

永瀬拓矢vs羽生善治の初対局(棋王戦):横歩取りの最新流行形-58

 

この一局はどのように見たらよいのでしょうか?

たまたま、後手に上手い攻めの手順があって、先手が局面を収め切れなかったと考えるべきでしょうか?

 

最新流行形で後手から横歩取りに誘導しているので、永瀬拓矢さんの研究勝ちという見方もできます。

しかし、▲4八銀に対する△6二銀に16分、▲8八歩に対する△2五歩に29分で、先に多くの持ち時間を使っているのは永瀬拓矢さんの方です。

一方で、羽生善治さんは本局の大きなポイントとなる▲3三角成~▲8八歩と受けた所でも、ほとんど持ち時間を使っていません。持ち時間の使い方からすると、本譜の展開が予定通りに見えるのですが、その後の▲3六歩に34分、▲2七歩に14分、▲7七金に15分と一手ごとに考えています。苦しそうな持ち時間の使い方です。そして、△4四歩に対する▲3七桂の57分が最後の大長考で、このときは、おそらくはっきりと劣勢を意識していたと思います。

奇妙なことに、持ち時間の使い方からすると羽生善治さんの方から誘導した局面に思えるのですが、形勢は永瀬拓矢さんのペースになっています。羽生善治さんに何か誤算があったのでしょうか?

 

仮に、▲3三角成~▲8八歩の選択がやはり疑問だったとします。すると、永瀬拓矢さんの△2五歩の長考の意味は次の2通りが考えられます。

1.意外だった。有力だと思っていなかったので、それほど深くは研究していなかった。この後の展開を読むために長考した。

2.十分な研究があり、後手がやれると思っていた。しかし、指したのが羽生善治さんなので、何か見落としがあるのではないかと疑って長考した。

1と2の違いは、永瀬拓矢さんが▲8八歩の局面を十分に研究していたか否かですが、これはどちらとも言えないです。持ち時間を眺めてみても断定はできません。すると、本当に永瀬拓矢さんの研究勝ちだったのかどうかは分からない、ということになります。

 

研究勝負にはならなかったとすると、単純に羽生善治さんが疑問手を指したから悪くなった、という見方もできます。

たしかに、羽生善治さんの序中盤が不用意だった一局のようにも見えます。

序盤の勝負所でポンポンと進めてしまい、気付いたら悪くなっていて、
主導権を握られて、対応に追われながら劣勢で持ち時間を使うパターンです。

永瀬拓矢さんが画期的な新手を出したという雰囲気でもないです。

真相は分かりませんが、「最新流行形でいつの間にかペースを握られていた」というのは間違いないようです。

 

これは想像ですが、羽生善治さんの目線としては、永瀬拓矢さんの研究手順にやられたのか、それとも単に自分が疑問手を指して悪くなったのか、敗因がどちらか判然としないような負け方だったのかもしれないです。

一方で、先手の構想を的確にとがめた永瀬拓矢さんの指し回しは見事です。
早めの仕掛け、銀の進出、急所の歩突きなど、非常に機敏でシャープな印象を受けます。

 

2局目:永瀬新手 ~研究手での勝利~

2013年12月20日
棋王戦挑戦者決定トーナメント
戦型:相矢倉・▲3七銀戦法

将棋DB2の棋譜
2013年12月20日 棋王戦挑戦者決定トーナメント ▲永瀬拓矢 vs △羽生善治

 

羽生善治さんに棋王戦で2連勝したことが話題になった一局です。
永瀬新手▲6六桂が、相矢倉の新たな定跡となった一局でもあります。

戦型は相矢倉の▲3七銀戦法(▲4六銀▲3七桂型)でガチガチの定跡形です。
定跡通りに80手ぐらいまで進み、下図の87手目▲6六桂が永瀬新手と呼ばれる一手です。

永瀬拓矢vs羽生善治の2局目(棋王戦):相矢倉の永瀬新手▲6六桂

▲6六桂以下は、△4三金▲7四桂△6九銀▲6八金引△7八銀成▲同金△6七金▲同金△3三金▲8二桂成(下図)と進みます。

永瀬拓矢vs羽生善治の2局目(棋王戦):相矢倉の永瀬新手-97

以下、△6七飛成▲7八金△6九馬▲6八金打△同龍▲同銀△7八馬▲同玉△6六桂▲7七玉(下図)で先手玉は寄らず、ここから10手ほどで永瀬拓矢さんの勝ちとなりました。

永瀬拓矢vs羽生善治の2局目(棋王戦):相矢倉の永瀬新手-107

 

永瀬新手▲6六桂の直前まで実戦例があるような定跡形なので、本局自体の解説をするよりも、定跡の中でのこの局面の位置付けを理解した方が分かりやすいと思います。

詳しくは、将棋世界2014年4月号の『イメージと読みの将棋観・Ⅱ』に解説があります。

それによると、昔から課題とされていた局面らしく、問題意識自体は持っているプロ棋士が多かったです。しかし、長い間プロの公式戦では現れなかったので、長い時間をかけて定跡が一歩前に進んだ例と言えます。

その定跡を一歩前に進めたのが、本局の永瀬拓矢さんと羽生善治さんです。

▲6六桂の局面自体はまだ難しい所も残っているらしいですが、
本局では、永瀬新手▲6六桂によって永瀬拓矢さんが勝利しています。

 

この勝利をどのように位置付けたらよいでしょうか?

永瀬拓矢さんの目線では、準備していた研究手で勝利した一局です。

羽生善治さんの目線では、研究手で討ち取られたと考えることもできますし、
あえて相手の研究手順に踏み込んだ一局と考えることもできます。

棋譜の消費時間を見ても、どちらか断定することは難しいです。
しかし、この定跡は後手に変化の余地が少なく、先手が誘導すれば永瀬新手の局面になる可能性は高かったようです。

 

対戦相手が定跡の深い局面まで研究する棋士かどうかは、事前に作戦を練る段階でかなり大きな判断材料になります。

そして、次局では比較的早い段階で、おそらく羽生善治さんの側から定跡を外しています。

 

3局目:序中盤の長考 ~永瀬拓矢さんの強い勝ち方~

2015年8月3日
竜王戦決勝トーナメント
戦型:矢倉・早囲い

この対局の棋譜は、Web上の竜王戦の公式サイトにあります。
2015年8月3日 竜王戦決勝トーナメント ▲永瀬拓矢六段 vs △羽生善治名人

 

棋王戦での2局目から、1年8ヶ月以上が経ってからの3局目です。

この対局では、序盤から中盤にかけて両者が長考合戦をしています。
前局とは異なり、研究勝負ではないことが分かります。

相矢倉で早囲いの出だしです。(下図)

永瀬拓矢vs羽生善治の3局目(竜王戦):相矢倉早囲い-23

上図からの指し手:△7五歩▲同歩△同角▲7八玉△6四角▲3七銀△7二飛▲4六銀△4四銀(下図)

手順中の△7二飛の時点でかなり珍しい指し方のようです。どうやら本局では、羽生善治さんの方から積極的に未知の局面へ誘導しています。

永瀬拓矢vs羽生善治の3局目(竜王戦):相矢倉早囲い-32
上図の△4四銀に、羽生善治さんは昼食休憩を挟んで34分の長考です。
持ち時間5時間の対局なので、30分以上はなかなかの長考と言えます。
以下、長考合戦が繰り広げられます。

56分の長考で▲5八飛
35分の長考で△7三桂
35分の長考で▲7六歩(下図)

この長考合戦は完全に未知の局面に突入したことを意味しています。序盤の勝負所です。

永瀬拓矢vs羽生善治の3局目(竜王戦):相矢倉早囲い-35

以下、△9四歩▲9六歩△7一飛▲6八角△3一玉▲8八銀△4二金右▲2五歩△1四歩▲1六歩△5一飛▲1八香△2二玉▲7七桂△9二香(下図)とゆっくりした展開になります。

永瀬拓矢vs羽生善治の3局目(竜王戦):相矢倉早囲い-50

この辺りの進行は、長考中にある程度想定していたようで、比較的早いペースで進みます。7筋で小競り合いがあった後で、互いが陣形を整備する渋い展開です。

後手は早めに△4四銀と△7三桂を決めているので、陣形の発展性が劣っています。6二の銀が動きづらいのも不満で、このようなゆっくりした展開は先手がやや指しやすいようです。

さらに、△2二玉と上がった形に弱点があり、後手は形勢を損ねてしまったようです。

ここで、永瀬拓矢さんが残りの2時間のうちの1時間を使った大長考で▲6五桂(下図)を決断します。守りの桂を攻めの桂と交換する思い切った手です。

永瀬拓矢vs羽生善治の3局目(竜王戦):相矢倉早囲い-51

以下、△同桂▲同歩△5三角▲4五桂△同銀▲同銀(下図)で、銀桂交換の駒得をした先手が好調です。▲4五銀と△6二銀の働きの差もあり、形勢は先手十分のようです。

ここからリードを最後まで保った永瀬拓矢さんが快勝しています。

永瀬拓矢vs羽生善治の3局目(竜王戦):相矢倉早囲い-57

 

この対局での永瀬拓矢さんは、非常に「強い」勝ち方をしています。

序中盤の難しい局面で、妥協をせずに長考し、勝負所を乗り切っています。
得られたリードを積極的な指し手で守り抜き、勝利に結びつけています。

 

また印象に残ったのが、矢倉の組み換え途中での▲6五桂の決断です。

▲8八銀~▲7七桂までは菊水矢倉への組み換えに見えます。
長考後から互いに自陣を整備する渋い流れが続いたので、
そのまま▲8九玉~▲7八金と菊水矢倉を完成させそうな所です。

しかし、実戦は決断しての▲6五桂からの総攻撃でした。
この総攻撃によって優勢を確実なものにしています。

 

初対局や2局目と、この3局目では全く印象が違います。

まず、研究勝負ではなく未知の将棋での戦いだったことです。
それに加えて、一局の将棋の中で「渋さ」と「思い切りの良さ」の両方が共存しています。

何よりも「強さ」を感じさせる時間の使い方と勝ち方が、前2局とは全く異なると思います。
実際に、今回の棋聖戦のタイトル初挑戦が永瀬拓矢さんの強さを証明しています。

 

以下は、本記事の一つ前の【前編】です。

永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【前編】
出典 kifulog.shogi.or.jp/kisei/ 永瀬拓矢六段は、現在タイトル戦で羽生善治棋聖と五番勝負を戦って...

The post 永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【中編】 first appeared on じゅげむの将棋ブログ.

]]>
2883
永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【前編】 https://shogijugem.com/nagasetakuya-habuyoshiharu-kiseisen-1-2879 Sat, 09 Jul 2016 09:05:31 +0000 https://shogijugem.com/?p=2879 出典 kifulog.shogi.or.jp/kisei/   永瀬拓矢六段は、現在タイトル戦で羽生善治棋聖と五番勝負を戦っています。 驚くべきことに、永瀬拓矢六段は羽生善治棋聖との初対局から4連勝しています。...

The post 永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【前編】 first appeared on じゅげむの将棋ブログ.

]]>
永瀬拓矢(棋聖戦)
出典 kifulog.shogi.or.jp/kisei/

 

永瀬拓矢六段は、現在タイトル戦で羽生善治棋聖と五番勝負を戦っています。

驚くべきことに、永瀬拓矢六段は羽生善治棋聖との初対局から4連勝しています。

棋聖戦五番勝負第1局での勝利が4連勝目だったのですが、
それ以前、つまりタイトル戦の前までに初対局から3連勝しています。

 

永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのでしょうか?

また、棋聖戦以前の3連勝は、どのような対局だったのでしょうか?

 

棋聖戦を観戦しながら非常に気になったので調査してみました。
対局の時期と舞台、戦型、どのような将棋だったのかをまとめます。

 

記事が長くなってしまったので、【前編】【中編】【後編】の3つに分けます。
今回は【前編】で、対局の時期と舞台、戦型についてです。
次回は【中編】で、初対局から3局目までのポイントです。
最後の【後編】は、永瀬拓矢六段の棋風や戦法などについて執筆中です。(未完成)

永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【中編】
「永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?」の【中編】です。 羽生善治 vs 永瀬拓矢戦の初対局から3局目...

このページと次回の記事の目次

  • 羽生キラーの永瀬拓矢六段
  • 羽生善治 vs 永瀬拓矢戦の戦型
  • 羽生善治 vs 永瀬拓矢戦の初対局から3局目までのポイント【中編】
    • 初対局:最新流行形での羽生善治さんの誤算【中編】
    • 2局目:永瀬新手 ~研究手での勝利~【中編】
    • 3局目:序中盤の長考 ~永瀬拓矢さんの強い勝ち方~【中編】

 

羽生キラーの永瀬拓矢六段

永瀬拓矢2(棋聖戦)
出典 kifulog.shogi.or.jp/kisei/

 

永瀬拓矢六段は、初対局から棋聖戦五番勝負第1局まで、羽生善治棋聖に4連勝しています。

棋聖戦の第2局で羽生善治棋聖に敗れたので、4連勝でストップしましたが、
羽生善治棋聖相手に4連勝は凄まじいの一言に尽きます。

 

ただし、両者の対局数自体は少ないです。

初対局の2013年11月から棋聖戦第1局の2016年6月以前の約2年7ヶ月間で、次の3局しか指していません。

初対局:2013年11月15日(棋王戦挑戦者決定トーナメント)
2局目:2013年12月20日(棋王戦挑戦者決定トーナメント、敗者復活戦)
3局目:2015年8月3日(竜王戦決勝トーナメント)

 

羽生善治棋聖と永瀬拓矢六段の初対局は、2013年11月15日の棋王戦挑戦者決定トーナメントです。

ここで勝利した永瀬拓矢六段は、トーナメントの次の対戦相手である三浦弘行さんに敗れます。羽生善治棋聖と同じように敗者復活戦に望みをつなぐことになり、その敗者復活戦で再び両者が対戦することになります。

その敗者復活戦が、2013年12月20日の対局です。

この対局でも永瀬拓矢六段が羽生善治棋聖に勝ち、短期間で羽生善治棋聖に2連勝して話題になります。

 

しかし、それから2015年8月3日の竜王戦決勝トーナメントまで両者の対局はありませんでした。棋王戦の2局目から1年8ヶ月以上が過ぎています。

 

両者は、順位戦や竜王戦のクラスが大きく違います。

羽生善治棋聖は常に複数のタイトルを持っていますし、その他のタイトル戦でもシードです。

つまり、永瀬拓矢六段が各棋戦の予選を勝ち上がり、決勝トーナメントまで進まないと、羽生善治棋聖とは対局できないということです。

 

このような理由で、両者の対局は、いずれもタイトル戦の挑戦者決定トーナメントという大事な対局になっています。

とりわけ、永瀬拓矢六段にとっては大きな対局です。
3局の全てで、永瀬拓矢六段が非常に気合いを入れて対局に挑んだのは容易に想像できます。

 

竜王戦決勝トーナメントでも羽生善治棋聖に勝ち、対羽生戦の成績を3連勝とした永瀬拓矢六段は、まさに羽生キラーと呼ぶのにふさわしい成績の持ち主です。

そもそも、羽生善治棋聖に勝ち越している棋士はほとんどいません。ある程度の対局数があり、それでも勝ち越している棋士は渡辺明竜王だけだと思います。

永瀬拓矢六段が3連勝で羽生キラーと呼ばれてしまうのは、羽生善治棋聖が将棋界で圧倒的に強いことの裏返しです。

 

羽生善治 vs 永瀬拓矢戦の戦型

羽生善治(棋聖戦)
出典 kifulog.shogi.or.jp/kisei/

 

初対局:横歩取り(先手:羽生善治)(2013年11月15日)
2局目:相矢倉・▲3七銀戦法(先手:永瀬拓矢)(2013年12月20日)
3局目:相矢倉・早囲い(先手:永瀬拓矢)(2015年8月3日)

棋聖戦①:横歩取り(先手:羽生善治)(千日手)(2016年6月3日)
棋聖戦①:相矢倉・藤井流早囲い(先手:永瀬拓矢)(千日手指し直し局)
棋聖戦②:相矢倉・早囲い(先手:永瀬拓矢)(2016年6月18日)
棋聖戦③:横歩取り(先手:羽生善治)(2016年7月2日)

 

先手が羽生善治棋聖なら横歩取り、永瀬拓矢六段なら相矢倉で、戦型選択は一貫しています。

横歩取りは後手番が誘導できる戦法で、相矢倉は▲7六歩△8四歩の進行から先手番が誘導できる戦法です。つまり、これまでの対局では、永瀬拓矢六段の方が戦型を決めています。

 

棋聖戦の今後のポイントは、羽生善治棋聖が後手番で横歩取りに誘導するかどうかです。

あるいは、佐藤天彦名人との王座戦のように、
羽生善治棋聖はここ一番で一手損角換わりを採用することがあります。

 

永瀬拓矢六段としては、相矢倉、横歩取り、一手損角換わりの対策は必要になります。

羽生善治棋聖相手に番勝負を決めきるには、幅広い戦型への対応が鍵になると思います。

 

【追記】棋聖戦第4局では、羽生善治棋聖が後手番で「中原流急戦矢倉」という古い戦法を採用しました。流石にこれは予想外でした。第5局は、羽生善治棋聖が後手番で、6手目△9四歩から一手損角換わりに誘導しました。角番なので永瀬拓矢六段の得意形を避け、力と力の勝負にしたかったのだと思います。

 

次回は【中編】で、初対局から3局目までのポイントです。

永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【中編】
「永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?」の【中編】です。 羽生善治 vs 永瀬拓矢戦の初対局から3局目...

The post 永瀬拓矢六段はどのような将棋で羽生善治棋聖に4連勝したのか?【前編】 first appeared on じゅげむの将棋ブログ.

]]>
2879